俳優・中村敦夫が、原発に警鐘を鳴らす舞台を演じる理由

「線量計が鳴る」は百回公演を目指す
ご存じ『木枯し紋次郎』で知られた俳優で、長年環境問題に取り組んできた中村敦夫氏が、最近ライフワークとして行っていることがある。朗読劇『線量計が鳴る』を引っさげて「旅がらす」ならぬ「語り部がらす」として全国を公演して歩いているのだ。元原発労働者が主人公という、この朗読劇はどの会場も満員御礼の盛況ぶりである。100回公演を目指しているという中村氏の想いとは。

歳を重ねていくと、周りの友人や知人がボツボツと倒れていく。ある者は事故や怪我で、ある者は重病で寝込んだ挙句、あるいは予兆なしで突然死する。
「これを私は『戦場の散歩』と呼んでいるんだよ。要するに、弾がいつ、どこから飛んでくるのか、誰にあたるのかもわからない」


中村敦夫氏は、いつものゆっくりと噛みしめるような口調で話す。
「たいていの人は、このことに気づいて断捨離を始めたり、財産や記録を整理したり、個人史を書こうと思い立ったりする。僕の場合は、本にまとめようと考えた」


その本が出来上がろうとするまさにその時、突如猛烈な「戦場の嵐」が吹き荒れたのだ。それは人々を年齢などに関わらず無差別に、根こそぎ巻き込む未曽有の大災害だった。

中村氏の著作を編集中に東日本大震災が発生!

2011年(平成23年)3月11日(金)14時46分。突然、床から強く突き上げられ、次の瞬間、左右に大きく揺れた。デスクから顔を上げると、壁沿いのすべての本棚から本が飛び出すように落ちてくる。編集フロアが大きく動いている。東日本大震災が発生したのだ。編集者の私は、中村敦夫氏の書籍の刊行を目前に控えていた。

 

フロア中のテレビがつけられた。揺れが落ち着いたところで、テレビの前の人だかりに混ざると、画面には倒壊した建物が次々に映し出されている。15時30分ごろ、すさまじい津波の第一波が町を襲う。家々が波に飲み込まれ、引きずられるように海に沈んでいく。

16時、広告宣伝部に向かう。
「こんなときでも、ちゃんと来るんだ」
と宣伝部長に迎えられ、余震でときどき揺れるなか、上司とともに新刊の宣伝打ち合わせをする。

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本のタイトルは、『簡素なる国』。

著者は木枯し紋次郎で知られる俳優であり、「みどりの会議」を設立して環境問題に取り組んだ元参議院議員の中村敦夫氏である。

『簡素なる国』は、70歳を過ぎた中村氏が、自分の立ち位置を確認するために書いた本である。それまでの3年間に同志社大学大学院でおこなった講義録をまとめた。


個人史、世界観、宇宙観、宗教観などがアトランダムに交差する。まるで言論の立体曼荼羅のような体裁になっている。全体に漂う論調の響きは、「近代の終焉」であり、さらには「少欲知足」を基本とする仏教的価値観の再評価である。中村氏が自分の生きた時代と世界の本質を総括するために取り組んだ力作だ。

まもなく刊行されるこの本の、新聞や雑誌の広告や取材記事をはじめ、テレビやラジオなどの露出の可能性を探るのである。ターゲットに合わせた交渉先と内容を検討して、打ち合わせは終わった。

私は帰路についた。幹線道路を民族大移動のようなゾロゾロ歩く人並みについていくように歩き続ける。途中の自転車店では、飛ぶように自転車が売れている。

話し声も聞こえ、元気に行進してきた民族大移動は、大きく横たわる荒川の向こう側の停電して真っ暗な川口の街を見ると、ふっと静まり停止してしまう。

歩いて行こうとする気力を失わせる深い暗闇なのだ。前進することをあきらめた人々は、近くの避難所として解放された小学校の体育館に流れ込んでいく。

翌12日(土)15時36分、福島原子力発電所1号機の原子炉建屋が水素爆発を起こして大破、炎上する。建屋の天井を吹っ飛ばして燃え上がる赤黒い炎。次々とテレビに映し出される映像は、まるで映画を観ているようで、実感が湧かない。


東京は外出する人も少なくしんと静まり、空は青く穏やかに晴れ渡っている。

13日(日)の夕方、携帯が鳴った。上司からだ。
「『簡素なる国』の帯、変えるよ」


「ああそうだ、何で気がつかなかったんだろう」と、自分のうかつさを情けなく思う。今まさに、長年に渡り環境問題に取り組んできた中村敦夫氏の本を作っているのだ。カバーを変更するなら、今がギリギリだ。

翌朝、自転車で会社に向かう。まるで中国の大通りのような、都心に向かうたくさんの自転車の波に乗って会社に行き、真っ先に帯のデザインの修正をする。

日本人よ! 
今こそ強欲から「少欲知足」へ 
震災と原発事故のあとを考える

鮮やかな黄色地の目立つ帯に、白抜きの太い文字が躍る。
「少欲知足」は、中村氏の心の芯にある言葉である。地球規模の環境破壊が進むなか、利便性や効率性を最優先にする社会からは脱しなければならない。成長戦略の根本にあるのは経済至上主義だ。金が金を呼び、欲が欲を呼ぶ。それはやがて身を亡ぼすだろう。

そこに、原発事故はこれからどうなるのか……という文字をかぶせたのだ。中村氏に電話を掛け、帯文字の変更の旨を伝える。さあ、これで仕上がる。もうじき刊行だ。

しかし、このとき中村氏は別のことを考えていたという。
「この原発事故は、戦争に匹敵する困難だ。表現者として何をすべきか」
と――。