侮蔑されたい人たちを動員するのが独裁…小林秀雄が見抜いていたこと

近代の平等主義が生んだ病
適菜 収 プロフィール

民主主義も平等もただの妄想

近代イデオロギーの根幹にはキリスト教がある。民主主義は人間の生を歪めたキリスト教を換骨奪胎したものにすぎない。民主主義は「一人ひとりが完全に平等である」という妄想で成り立っている。社会に貢献する人も社会に害を与える人も同じ権利をもつ。

これは絶対存在である「神」を想定しないと出てこない発想だ。ニーチェは言う。

気のふれた概念が、現代精神の血肉のうちへとはるかに深く遺伝された。それは、「神のまえでの霊魂の平等」という概念である。この概念のうちには平等権のあらゆる理論の原型があたえられている。人類はこの平等の原理をまず宗教的語調で口ごもることを教えられたが、のちには人類のために道徳がこの原理からでっちあげられた。──『権力への意志』

人間は数値化され等価になった。高貴なものは引きずり降ろされ、下劣なものは持ち上げられた。健康なものは否定され、病んでいるものが肯定された。こうした近代に内在する病に気付く人々もいる。

 

ヨーロッパを支配してきた道徳は宗教にすぎない。民主主義や平等主義、国家主義などの近代イデオロギーは妄想にすぎない。絶対的な善も絶対的な正義も存在しない。あの世もなければ、人生の目的もない。認識者の存在を抜きにした普遍的概念など存在しない。すべては人間の認識が生み出した虚構である。

これを理解することがニーチェの言う「悲劇的認識」である。そう考えると、ニヒル(虚無的)な気分になる。でも、そのニヒリズムを何か別の価値観を持ってくることでごまかすのではなく、徹底すべきだとニーチェは言う。

近代の構造が必然的にニヒリズムを呼び寄せるなら、その根幹まで突き詰めることにより、それを突破しなければならない。ニーチェはこれを能動的ニヒリズムと呼ぶ。安易に過去や未来に理想を求めるのではなく、現実を直視することからしか始まらない。タチが悪いのは中途半端なニヒリストである。