ハロウィンの夜、なぜ若者は「渋谷で」ハメを外してしまうのか

祭りを欲望する都会人の精神分析
堀井 憲一郎 プロフィール

子供たちがもらえるのは…

石を搗くときに歌を歌う。

「亥の子、亥の子、
亥の子の夜(よ)さ、
〈祝わん者は、鬼生め 蛇(じゃ)生め、角生えた子生め〉
祝うた者は
四方の隅に、倉建て並べ
繁盛せえ 繁盛せえ」

そういう歌である。

この話を聞いたのは、いま30歳の男性で、彼が小学生だったのは1990年代の後半である。

そのときは「祝わん者は、鬼生め蛇生め、角生えた子生め」という部分はもう歌っていなかったという。彼の父の世代、だいたい1960年代での行事では、そこを歌っていた。呪詛の言葉にも聞こえるから、忌避されていったのだろう。

土を搗いて固め(ただへこますだけでもあるが)、庭に御幣を刺す。

そのあと家人にお金をもらう。

この、お金をもらう、というのが大きな楽しみだった。

1990年代でだいたい一軒1000円くらいが相場だった。少し多くくれる家もある。金額はおそらくいまもそんなに変わらないだろう。

何十軒もまわるので、けっこうな額になる。参加している小学生は、多くても十人前後であり(それよりも少なかったことも多い)、かなりの実入りになる。

集めた金は参加した子供だけで分ける。

高学年のほうが多く取り、下の学年はやや少ない。仕事の分担として、年嵩のほうが多く働くから(重いものを持つ)からでもある。

多いと一人1万円を越え、少なくとも数千円にはなる。

小学生にとってはかなりの金額である。お年玉に次ぐ大きな収入であり、亥の子をまわれば、好きなおもちゃなりゲームを買うことができる。

楽しみにしていたのは、当然だろう。

 

民俗学者の宮本常一の著書『民間暦』の「亥の子行事」という文章によると(なぜか、あとがきのうしろに掲載されている)、かつては、お金ではなく「餅」が与えられていた。ときには蜜柑などもあったらしい(宮本常一のこの文章が書かれたのは古く、1944年である)。

ハロウィンのときの「トリックかトリートか」と同じである。

各家をまわり、家人を呼び出し、モノをもらう。

八百万の神が、つまりそこかしこに神さまがいると信じている共同体ならではの行事である。日本語では神さまで、西洋ではスピリット=精霊と呼ばれるものの代理として、子供が家を訪れているので、それをもてなす、という行事である。キリスト教は本来、こういうことを認めていない。

神が人々に命令をする

亥の子の歌は地方によってずいぶん違う。宮本常一が紹介している文言だけでもさまざまだ。

ただ「鬼を生め、蛇を生め、角生えた子を生め」という脅し文句だけは、いろんな地方で共通して使われている。宮本常一が書いた本に紹介されていて、また岡山の津山でも言い伝えられていたのだ。おそらくすごく昔から使われていたフレーズなのだろう。

「祝わん者は、鬼を生め、蛇を生め、角生えた子を生め」という言葉はなかなか怖い言葉である。

ただ言葉の主体は子供ではなく、神さまにある。

「神の依り代」(神が宿っているもの)として子供が口にしているのだ(厳密にいえば、依り代を運ぶものたち、というポジションで子供が神を介在している。ほんとうの依り代は、亥の子石)。

神がやってくる前触れとして、その使いのものとして、子供が大人に「神を祝いなさい」と命令できるのである。なかなか楽しい。

ハロウィンでも同じである。

大人は、見知らぬ子供がやってきても、ハロウインの夜や亥の子の日には、子供の言うとおりにしないといけない。