韓国の民主主義はなぜ「脆弱」なのか〜強権的な政権が生まれる構造

映画『1987』から考える
真鍋 祐子 プロフィール

ちょうど3年前の今頃、SNSで、経営難のため廃業した元自営業者のつぶやきを目にした。

「テナント料が上がり続けるのも私の能力不足のせいですか? 国民が反対している歴史歪曲じゃなくて、私たちの望むことをやってくれる大統領が必要です」

朴槿恵大統領が最優先においた政治課題は、国民生活よりも、「記憶の闘争」に勝利すること、それによる父の名誉復権だった。これは裏返せば、民主化運動の死者たちを「暴徒」「アカ」「従北」などと完膚なきまでに貶め、無数の犠牲の上に成り立った民主化の歴史を消去することである。

 

朴槿恵は歴史教科書国定化の理由を「魂の非正常化の正常化」と述べている。「魂の非正常化」とは左派偏向を指し、これを右に巻き戻すことが「魂の正常化」だというのである。

こうした便法は繰り返されてはならないと思う。

左に傾いたものを右に正す、そして、右に傾いたものを左に正す―――それでは、また同じ歴史を繰り返す。だが分断状況下で〈友/敵〉に区分された死者たちが宙吊りにされている限り、「記憶の闘争」に終息はなく、権威主義的な圧力と暴力が温存される。歴史が再びどちらかに傾けば、そこにまた新たな犠牲者が生み出される。

今年6月、「顕忠の日」の追悼辞で、文在寅大統領は「愛国に保守革新なし」「愛国は今日の大韓民国を存在させた全て」と演説した。

追悼式に出席した文在寅大統領〔PHOTO〕Gettyimages

これは愛国に殉じた死者たちの二律背反を解消し、「記憶の闘争」に終止符を打つことで、大韓民国でありかつ統一祖国でもある、新たなかたちの国家に死者を「統合」させる、という決意表明である。

現在、文政権が進めている南北の対話と融和は、そうした文脈を踏まえて読み解くべきではないだろうか。