トランプの決断「INF全廃条約離脱」が日本の追い風となる理由

中国の属国にならないために
河東 哲夫 プロフィール

焦点は中国からの「核恐喝」

そこで、中距離核兵器がアジアで持つ意味を詳しく見てみよう。前述の次第でソ連のINFが極東に配備されなかったことで、冷戦時代、ソ連の核の脅威は日本には直接及びにくかった。

しかし今の最大の問題は、北朝鮮の核は言うに及ばず、中国保有の中距離核ミサイルなのだと思う。

後者は100発を越えるものと推定されていて、中国軍による台湾武力統合などの有事には、日本が米軍を支援するのを止めるため、中国は中距離核ミサイルで日本の戦略拠点、米軍、自衛隊の基地を狙うだろう。

こういう時に、「お前が撃つなら、俺も撃つぞ」と言って中国を思いとどまらせることのできる抑止用の核兵器は、今、西太平洋の米軍にわずかしかない。かつてはトマホークという核弾頭つき巡航ミサイルが米国原潜等に配備されていたのだが、これはブッシュ時代の決定でオバマ政権が廃棄してしまったままになっている。

これでは、日本は有事に米国との同盟義務を果たすことはできず、米国は日本を見捨てて裸のままに放置することになるだろう。中国は日本に中立の地位を認めることなく、政治・経済・軍事、あらゆる面で服属を求めてくるだろう。

いつまでも国と国の対立とか、核武装とか言っているのは時代錯誤なのだが、周り中がそんなことでやっていて、下らないからやめろと言ってもやめない以上、日本も核抑止力を強化せざるを得ない。

それは、中国だけでなく北朝鮮、そしてもしかすると統一朝鮮の核――北朝鮮が長距離核ミサイルを放棄・撤廃すれば、米国は朝鮮戦争平和条約締結に応ずるかもしれず、その場合政治力学は在韓米軍撤退、韓国と北朝鮮の接近、そしてもしかすると「核つきの統一」の方向に働くだろう――に対しても使えるだろう。

しかし、日本本土に米国の中距離核ミサイルを配備することは、ドイツ以上に難しい。それに陸上に核ミサイルを配備することは、敵の先制・報復攻撃を容易にして、危険なのである。

いま米国が開発しようとしている、トマホーク巡航ミサイル新版を海中の潜水艦、あるいはグアムの爆撃機や戦闘機に装備してもらえば十分だ。

 

単純な話ではない

米国は日本に開発の費用分担を求めてくるだろう。それは当然のことだ。このままでは日本は、中国の属国になってしまうからだ。

しかし日本を守ることは、米国の利益にもなる。在日の米軍基地は、米軍が西太平洋、そしてインド洋方面に展開するに当たって、不可欠の補修・兵站基地となっているし、日本や西欧等の同盟国が、中国やロシアの中距離核ミサイルに脅されて次々に同盟関係から「脱退」したら、米国は本当の裸の王様になってしまうだろう。

日本は費用を分担するが、何か見返りに米国から獲得しておくべきだろう。いつまでも唯々諾々として、費用分担だけしているのは独立国のすることではない。一つには、技術。そしてもう一つは権利を得たい。

ドイツには、昔から米国が置いている「戦術」核弾頭が今でも数十発あるが、これはDual Keyと言って、実戦に使用する時にはドイツ、米国両国政府の合意が必要になっている。ドイツ政府も、これの使用を積極的に米国に発議できるようになっているのだ。そして米政府はドイツ政府の了解なしには、これを使用できない。このような権利が欲しい。

そして将来的には、日本も核兵器を開発する可能性を開けておくのである。その「可能性」自体が抑止力になる。インドが、核ミサイルを保有していながら米国と原子力協力協定を結んでいることを念頭に置くべきである。

なお、中ロ両国周辺の海域は、米国原潜からの中距離核ミサイル発射拠点として、中ロ両国にとって戦略的意味を増してもいこう。米空母が北極海でわざわざ演習するのは、そういう意味を持っている。しかしだからと言って、同海域での通常の航行が危ないものになるということでもない。

長距離の、いわゆる戦略核兵器については、米ロ双方とも増強・近代化というトレンドは中距離核戦力と同じだが、こちらの方は別の条約が機能しており――2021年には失効するので、更新が必要となる――、中距離と話は別になる。

いずれにしても、トランプがやみくもに核増強に突っ走ろうとしているという単純な話ではないのである。もっとも、感情的な彼が「核のボタン」を持っているのかと思うと、ぞっとする時もあるが。