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トランプの決断「INF全廃条約離脱」が日本の追い風となる理由

中国の属国にならないために

「軍拡競争けしからん」では済まない

10月20日、トランプ大統領は、1987年ソ連と結んだ中距離核戦力(INF)全廃条約から脱退する意向を表明した。その1日前、米国防省は、空母ハリー・S・トルーマンがノルウェー近辺の北極海で訓練を行うと発表した。空母が北極海で訓練を行うのは、少なくとも近来なかったことである。

この2つの動きは1つのこと、つまり米国の中距離核戦力(Intermediate-range Nuclear Forces:INF)の強化、そしてその発射拠点としての海域確保に向けられている。

北朝鮮の核ミサイルのことは言うに及ばず、中国が以前から、日本に届く中距離核ミサイルを100基以上保有していると見られているので、この米国の動きは日本のための「核の傘」――「お前が撃つなら俺も撃つ用意がある」と脅して、相手に撃たせない抑止力――を強化する意味も持つ。

単なる、「核軍拡競争だからけしからん」という論理で片づけるべきものではない。これがなければ、これから米中対立が激化する中、日本は中国の中距離核ミサイルに脅されて日米同盟破棄、中国への服属を迫られることになるだろうからである。

ちなみに、なぜわざわざ「中距離」と言うのだろうか? 中距離とは大体500km強から5000km程度の飛距離を意味する。これより長距離のものは米ソ、米ロ、米中、米・北朝鮮間等の戦争に用いられるもので、「戦略核兵器」と一応命名されている。

これらの定義は相対的なもので、中距離でも短距離でも、ロシアと西欧、中国と日本との間では、国としての機能を破壊することのできる「戦略的な」意味を持っている。つまり中距離核兵器は米ロ、米中の間では届かないが、米国の同盟諸国に対しては立派な戦略的兵器なので、同盟諸国にとっては生きるか死ぬかの問題になるのである。

以上のことを、中距離核戦力をめぐる歴史をひもときながら、論じてみたい。

 

核を抑止するのは核しかない

1979年筆者は西独のボンの大使館で勤務していた。当時、西独外交で最重要の問題に浮上していたのが、「ソ連が中距離核ミサイルSS-20の配備を始めた。これは有事に、西欧のNATO諸国を脅しつけ、米国への軍事協力を控えさせる狙いを持っている。なぜなら米国は、ニューヨークをソ連の核ミサイルに攻撃されるリスクを冒してまで、ボンを守ろうとはしないだろうから。このままでは米欧同盟=NATOがあやうい」という問題であった。

これについて西独のシュミット首相と、フランスのジスカール・デスタン大統領は、米国に、「ソ連のSS-20と同等の中距離核ミサイルを開発して、欧州に配備して欲しい」ということを強力に働きかけたのである。

シュミットの足元の社会民主党では戦後一貫して反米、反核の機運が強いので、シュミットにとっては政治的な賭けだったが、彼は国防相も経験しており、安全保障上の考慮を貫いた。後にこの問題で党内が割れ、指導力を失ったのが一因で、彼は1982年9月に辞任、コール首相の誕生に至っている。

かくして米国はパーシング2(Pershing-2)という中距離ミサイルを開発し、西欧に配備する構えを見せる。と同時に当時のレーガン大統領はゴルバチョフ書記長と、INFの削減交渉を始めるのだ。

軍縮というものはこのように、実際に「モノ」を相手に見せないと、進まないのである。米ソは当初、ソ連のSS-20を欧州に届かないところに移せばいいだろうと考えた。

ここで珍しく日本の外交官は断固として、「ソ連のINFが日本に届くようなところに転配されては迷惑千万」と米国にねじこんだ。その結果できたのが1987年の「中距離核兵器全廃条約」なのだ。

米国はまだ配備を始めたばかりのパーシング2との差し違いの形で、SS-20の全廃をソ連から勝ち取ったのである。そしてこれを今回、トランプが「やめた」と言っているのである。