幸徳秋水の死を受けて、石川啄木が綴った日記の「中身」

大衆は神である(24)
魚住 昭 プロフィール

ココアのひと匙

幸徳らの刑死から約5ヵ月後の6月15日、啄木は病床でこんな詩を書いた。

ココアのひと匙

われは知る、テロリストの
かなしき心を──
言葉とおこなひとを分ちがたき
ただひとつの心を、
奪はれたる言葉のかはりに
おこなひをもて語らむとする心を、
われとわがからだを敵に擲(な)げつくる心を──
しかして、そは真面目にして熱心なる人の常に有(も)つかなしみなり。

はてしなき議論の後の
冷めたるココアのひと匙を啜りて、
そのうすにがき舌触りに、
われは知る、テロリストの
かなしき、かなしき心を。

大逆事件は、司法当局の手によりフレームアップされた事件だった。宮下太吉や新村忠雄、管野スガら実行グループ4人と幸徳秋水を除いた、他の者は、ブリキ缶爆弾による天皇暗殺計画とはほとんど無関係と言ってよかった。

 

啄木は、そうした事件の本質を正確に理解し、友人あての手紙にこう書いている。

〈あの事件は少くとも二つの事件を一しよにしてあります。宮下太吉を首領とする管野、新村忠雄、古河力作の四人だけは明白に七十三条の罪(大逆罪)に当つてゐますが、自余の者の企ては、その性質に於て騒擾罪(大勢が集まって暴行、脅迫をし、公共の平穏を害する罪)であり、然もそれが意志の発動だけで予備行為に入つてゐないから、まだ犯罪を構成してゐないのです。さうしてこの両事件の間には何等正確なる連絡の証拠がないのです〉

実行グループのひとり、管野スガも獄中手記「死出の道艸(みちくさ)」のなかで次のように記している。

〈今回の事件は無政府主義者の陰謀といふよりも、寧ろ検事の手によつて作られた陰謀といふ方が適当である。公判廷にあらはれた七十三条の内容は、真相は驚くばかり馬鹿気たもので、其外観と実質の伴はないこと、譬へば軽焼煎餅か三文文士の小説みた様なものであつた。検事の所謂幸徳の直轄の下の陰謀予備、即ち幸徳、宮下、新村、古河、私とこの五人の陰謀の外は、総て煙の様な過去の座談を、強ひて此事件に結びつけて了つたのである〉

事件の真相は封印された。大量処刑の衝撃が世の空気を凍りつかせた。当局の徹底的な取り締まりが、草創期の講談社にも重大な影響をもたらすことになるのだが、その顚末を語る前に、時間を少し遡って『雄弁』創刊前後の事情をもう少しご説明しておきたい。

(つづく)