「紀州のドンファン」怪死からまもなく半年で親族が抱く「不信感」

あれから5カ月。いま、なにが…?
吉田隆

この「いごん」は本物なのか?

いま世間から最も注目されているのは、「誰が殺したか」という疑問に加えて、「莫大な遺産はどうなるのか」ということだろう。

いまだにドン・ファンの遺産総額は確定していないが、現金や株券、不動産や絵画・貴金属をあわせて最低でも30億円を超えるのは確実である。仮に30億円とすると、4分の3は若妻のSちゃんに。残りの4分の1は兄弟姉妹に分与される。

ところが9月12日、田辺家庭裁判所にドン・ファンの遺言書が提出され、にわかに相続の行方が混沌としてきたのである。

 

平成25(2013)年2月に書かれたといわれるこの遺言書を提出したのは、社長(ドン・ファンのこと)の会社アプリコとアンカーの名目上の取締役だったX氏だ。ちなみに、アプリコは酒類の卸し販売会社、アンカーは貸金業の会社である。

遺言書はX氏の自宅に郵送されていたというが、そのことを死の直後はすっかり忘れていて、6月12日ごろに思い出したと提出理由には記載されている。

首都圏在住のX氏は通夜、葬儀に顔を出していたが、「親父は遺言を残すようなタマじゃないよ」と何度も言っていたことを私はこの耳で聞いて記憶しているし、他の従業員たちもそのことを知っている。ちなみにX氏は他人の前では社長のことを親父と呼んでいたが、面と向かって言うことはなかった。

はたして、遺言書のような大事なものの存在を忘れることがあるだろうか? 私はそこに、根本的な違和感を持っている。

不可解な点が多すぎる

さらに、この遺言書の文面を見ると数々の不思議な点がある。

まずX氏の言う通りで、社長は遺言書を残すタイプの男ではなく、周りの誰一人、生前に遺言の存在を聞かされていない。また、社長は法的効力が確定している公正証書を作るのが好きだったので、社長が遺言を残すなら公正証書にするのが自然だ。

遺言書の内容を見てみよう(写真を参照)。

1行目から違和感があるのは、「いごん」とは弁護士など法律に詳しい者が使う言葉であり、一般人であれば「ゆいごん」と書くのが普通だ。ちなみにX氏は長年法律事務所に勤めており、ドン・ファンともその弁護士事務所で会ったのが付き合いのきっかけだった。

 

わずか30文字の「いごん」の文字自体は社長の字に似ているが、一文字一文字の大きさにバランスが取れ過ぎている。社長の字は大きさがバラバラに書かれることが多く、それも文章が下に行くにつれて、左に流れていく特徴がある。それがこの「いごん」にはないのだ。

疑問点はまだある。常日頃ドン・ファンは「私が亡くなったら遺産はすべてイブちゃんに上げて下さい」と言っていた。愛犬のイブを尋常でないほど可愛がっており、この話は周囲の者なら誰もが知っている。それなのに一言もイブに触れていないのもおかしい。