カジノの上客だった井川さん(写真左)とカジノの現役エージェントの尾嶋さん(同右) 撮影/杉山和行

カジノを知り尽くす二人が提案「日本でカジノを成功させる方法」

とんちんかんな対策はもう止めよう

過去にバカラで、150万円を4時間半で22億円にしたことがあり、カジノでの破綻も経験している元大王製紙会長の井川意高さん。マカオにあるカジノのVIPルーム専用のエージェントとして、億単位のゲームに立ち合うことも多く、『カジノエージェントが見た天国と地獄』という著書も出した尾嶋誠史さん。カジノの魅力と恐ろしさを熟知する2人だ。

「カジノ法案」と呼ばれる「カジノを含む統合型リゾート(IR)法案」が成立した今、もはや話すべきは「どうやったら守るものを守りながらも、国際的に成功させるカジノを作ることができるのかを具体的に考えること」ではないだろうか。2人は、日本人が抱くカジノのイメージと現実との間に大きなズレがあると指摘する。

井川氏がカジノで破滅した経緯

井川: 私が初めてカジノを体験したのは20年くらい前。ゴールドコーストのコンラッド・ジュピターに、経営者仲間4家族で行ったのが最初です。バカラで100万円が2000万円になって、単純に「カジノって面白いな」と思いました。もともと私は小学生の頃に麻雀を覚えて、中学時代は学校をさぼってパチンコをやっていた人間。ギャンブルは、もうずっと好きなわけです(笑)。ただ、当時のカジノは今ほど便利な場所になく、行けても1~2年に数回。旅行ついでに300~500万円くらい持って、チビチビやっていました。

撮影/杉山和行
井川意高(いかわ・もとたか)1964年生まれ。東京大学出身。大王製紙創業者の第三代目として生まれ、大学卒業と共に入社。2007年、ブランド戦略などにより黒字転換させた手腕を買われて42歳で代表取締役社長に就任。2011年6月、会長に就任。同年9月、カジノの借入金を補填するために会社の金100億円以上を私的流用したとして特別背任事件に発展、会長を辞任し、有罪判決を受けた。著書に『溶ける』、堀江貴文氏との共著『東大から刑務所へ』がある。

尾嶋: 本格的にハマったきっかけは何だったんですか?

 

井川: ある時、あっという間に500万円が無くなってしまい、まだ時間があるからこのまま帰るのもなあと思っていたら、カジノ側が「貸しましょうか?」と。で、借りたお金は当然返すから徐々に信用がついて、負けた時はいくらでも貸してくれるようになっちゃった。そこからですね。カジノそのものにハマったというより、「負けた分を取り返さなくては」という気持ちでした。

尾嶋: マカオでも井川さんの噂は耳にしていました。マカオではゲストの8割が中国人で、カジノで大金を使う日本人は珍しいんです。僕も普段VIPルームに入ってしまうと、まず日本人と会うことはないですし、そもそもプレーヤーとして来ている日本人を見かけない。日本人は、近くて少額で遊べる韓国のカジノに行ってしまいますから。

井川: 私はシンガポールにカジノができてからは、そっちばっかり。シンガポールだと、金曜日の夜中に日本を出て、土曜日の朝7時に現地着。帰りも日曜日の夕方の便で戻って来られるから便利なんです。マカオも一時期よく行きましたが、乗り継ぎが面倒でね。でも、今やマカオもIR(統合型リゾート)による発展が著しいでしょう? 私が知っているのは6~7年前までですけど。

尾嶋: 現在、カジノの売り上げはラスベガスの7倍で、国の税収の8割はカジノ関係です。税金が余ってしまって、昨年は居民全員に12万円ずつ還付されました。日本人は馴染みがないから仕方がないとはいえ、カジノに対してマイナスのイメージを持ち過ぎているような気がしますね。大金が動くだけにセキュリティは完璧ですし、治安もいい。もちろんマフィアなんかいません(笑)。

井川: ゴールドコーストもそうだけど、みんな家族連れですもんね。旦那がカジノでトランプをめくっている間に、奥さんや子供たちはショッピングを楽しんだり、遊園地や動物園に行ったりしている。

尾嶋: ですよね。たとえば、巨大IRとして知られるギャラクシー・マカオには、ザ・リッツ・カールトンや日本のオークラといったホテル6軒の他に、カジノや世界一長い流れるプール、ショッピングモール、レストラン、劇場、アミューズメント施設などが入っています。

井川: だから日本にしても、IR法案で全国に3か所のIRを作ると言っているのは、ディズニーランドを3つ作るというイメージが一番近い。で、数あるアトラクションのうちの1つがカジノになる。