「延髄蹴り」は正確な医学用語でいえば間違いだった

覆面ドクターのないしょ話 第37回
佐々木 次郎 プロフィール

複雑骨折は「複雑に折れた骨」のことではない

患者さんへの問診中、既往歴を尋ねると、次のような自慢話をする男性患者さんも多い。

「昔、バイクでスピード出し過ぎて、すっ転んで腕を『複雑骨折』したんですよ! ……入院しないでギプスだけで治ったけどさぁ……いや~若かったなぁ、あの頃は。ハハハ……」

こういうとき、たいていの医者は、

「ちげーよ」

と、冷めた気持ちで聞いている。医者は、「複雑骨折」という言葉に対しては、特別な感情を持っているものだ。

 

「『複雑骨折』の定義を述べよ」

これは整形外科の進級試験における最頻出問題である。これは暗記さえすれば簡単に答えられるもので、点を取らせてやろうという教授の温情ある出題だ。だが、もし答えられないと進級は完全にアウトだ。簡単だが重要な言葉の定義なので、これさえも知らないようでは、医者になる資格はないという教授のメッセージが込められている。

これが、「複雑骨折」に対して医者が特別な感情を持つ第一の理由である。

さらに、第二の理由として、「複雑骨折」では医者が痛い目に遭うことが多い点が挙げられる。私自身にとっても「H2O」なのだ……その心は「思い出がいっぱい♪」(1983年のヒットソング)。

では、複雑骨折の解説を。

複雑骨折は「複雑に折れた骨」のことではない!

「複雑骨折」という言葉があるということは「単純骨折」もあるということだ。

「単純骨折」とは、普通の骨折で皮膚に損傷のないものを言い、昔は「皮下骨折」とも言った。それに対して、「複雑骨折」とは、骨折の際に皮膚まで裂け、骨折部が露出した状態をいう。つまり「複雑な骨折」という意味ではない。たとえ単純にポキッと1カ所で折れていても、骨の露出があれば定義上は「複雑骨折」なのである。

一方、粉々に折れていても、骨の露出がなければ「単純骨折」ということになる。何とも腑に落ちない病名だ。

骨が粉々になっても、皮膚が裂けなければ、単純骨折!

したがって、この2つの「単純骨折」「複雑骨折」という医学用語は、臨床所見を正確に表現しておらず、現在ではあまり使われなくなった。「複雑骨折」は「開放骨折」と表現した方が適切である。

さきほど、「複雑骨折」に対する特別な感情について述べたが、これに遭遇したらどうなるか?

……私が「開放骨折」を見たら、顔が青ざめる。

「骨折部に感染(骨髄炎)を起こしたらどうしよう?」
「骨髄炎になったら、いつまでもダラダラと膿が出て、面倒なことになるぞ」
「徹底的に洗浄して、毎日抗生剤投与だ! 急げ!」

ここで読者の皆様は次のような疑問を感じたかもしれない。

「では、『複雑な骨折』は何と表現するのか?」

答えは「粉砕骨折」である。この用語の方が患者さんにもわかりやすいと思う。