女という「呪われた」性~「婚活」に苦しむ日本人女性たち

日本人の脳に迫る⑩

そろそろ年末を意識する季節になってきました。イベントを控えるこの季節、誰かと一緒にすごしたいという人も多いかもしれません。そもそも、そのことに見えない圧力を感じさせられてしまう、日本独特の事情もあります。

恋活、婚活にしろ、パートナーを選ぶときに気を付けたいこととは?

女性も男性も、結婚相手や結婚そのものに対する意識に軋みを抱えず、悠々と生きていくためには?

というのが今回のテーマです。

結婚できない=規格外の女という刷り込み

女性というのはいわば“呪われて”育ちます。

たとえば成績が良くて褒められたとしても「男の子だったらねえ……」と、褒められた直後にため息をつかれてしまったり。理数系の科目が得意ならばそのため息はより大きく深くなり、「女の子『なのに』よくできたね」などと言われてしまったりします。

特に日本ではそうした傾向が強いようですが、自分の意見をはっきりと口にしたり、大人の考えと違うことを理路整然と主張したりすると、男の子ならば賢い子だ、と褒められるような場面でも「お嫁に行けないよ」という言葉で脅迫されてしまう。「お嫁に行けない」という言葉は女の子に対しては負のインセンティブとして働き、いけないこととして刷り込まれていきます。

このためなのか、結婚を考える世代になったときに「どうして結婚がしたいのか」という質問に対して、女性は明確な理由を言うことが難しいようです。心の中でうすうすそう思っていても「『結婚できないこと』が『女として失格の烙印を押されること』だから」とはなかなかはっきりとは言えないものです。

母親の姿などを見て「結婚はそんなにいいものだとは思えない」と言う人でも、結婚だけはしなければ、と強迫的に見えない圧力を感じている人は少なくないようです。愛する人と一緒にいたい、という気持ちからよりも、結婚すれば周りから何も言われないですむ、と考える人が相当数いるというのが実際のところのようです。

 

気づいたときにはもう遅い

「子どもを産んだ」ということも「結婚できた」ということと同じレッテルとして機能しています。「結婚できない」「子どもが産めない」ことをあげつらってあたかも、彼女たちは「女失格」である、などというかたちで暗に責める人すらいる始末です。そうした攻撃の標的にならないために女性は結婚を望む、という構造があるのです。

ただし、結婚することが先に立つとはいえ、相手を探すときに「誰でもいい」とはなかなか思えるものではありません。「婚活をしなければならない」というのは“呪われて”育った女性側に課せられた残酷な試練です。

多くの人の話を聞いて見えてきたのが、それまで仕事をバリバリこなしてきた、内面を磨いてきた、能力には自信があるという女性たちは、「生まれ持った容姿で勝負してきた人」に対して「勝ちたい」と思っているということ。

どんなに能力があっても、むしろ能力があるだけで「結婚できない」と脅され、生まれつき容姿の良い人たちと比較されてしまってきた流れをここで変えたい、自分を軽蔑し抑圧してきた世間に対して「いい男と結婚」というかたちで一矢報いたい、とどこかで願っていることが見え隠れするような気がします。

しかし、結婚で一発逆転したいけれど、気づいたときにはもう遅い。一発逆転を狙えるような男がいない、というわけです。これが、婚活女子たちが口癖のように言う「結婚したいけれど、いい男がいない」の背景にあるのではないでしょうか。

男性のモテる二大類型

「いい男」の選び方を脳科学を通して考えてみましょう。

恋愛と結婚は違うとよく言われます。恋愛と結婚のフェーズでそれぞれ適した男性とはどのようなものでしょうか。

恋愛対象になりやすい男性は、何かに秀でている人だったり、野心がある人だったり、輝いていて、危険な感じのする人がモテているようです。刺激があるほうが面白かったりもしますし、ちょっとナルシストだったり、目的のために手段を選ばない人、ちょっと冷たい人、が女性に人気があるのもわからないではありません。

ただのいい人であるよりは、冷酷だけれどもときどき優しくしてくれる人に人気が集中したりする場合もあります。

一方、結婚を意識する対象はと言えば、落ち着いていて優しく、気分が安定していて、困ったときにはそっと手を差し伸べてくれる、頼りになる人、だろうと思います。

実はこちらのふたつの類型は、女性にモテる二大類型なのです。前者は学術用語では「ダークトライアド」と言いますが、暗黒(ダーク)の3要素(トライアド)を持っている性質ということになります。3要素とは「ナルシスト、マキャベリスト、サイコパス」で、この性質を持っている人は一夜限りの性交渉に限ると、そうでない人に比べて女性と性交渉できる確率が高くなります。結婚には向いていませんが、たくさんの女性と性交渉をして子孫を残すことができる繁殖型です。

ダークトライアドの人の傾向として、生理的に「相手と愛着を築きにくい」遺伝子を持っていると考えられています。常識的に考えるとイヤな性質をもたらす遺伝子なのですが、不思議なことに女性からは魅力的に映ることがあるのです。相手と愛着を築かず、誰とも心から仲良くなることはありませんが、短時間で相手を気持ちよくさせて表面的には親しい関係をつくることには長けています。

誰とでも広く浅くつきあって、仲良くなったら利用する。たとえ結婚したとしても、優しい性質の人に比べて子どものかわいがり方は冷淡で、どちらかといえば子どもを投資の対象のようにみなします。

女性の年齢やタイプで変わる男性の選び方

女性はなぜこういう人たちに惹かれるのでしょうか。これは、ダークトライアドの人たちの持つ、自分たちの遺伝子をばらまく性質に原因があります。生物としては女性たちも、生存戦略上は、自分の遺伝子をばらまきたい。それゆえに、ばらまく性質を持った男性の遺伝子に自分の遺伝子を半分乗せて、次世代で一緒にばらまいてもらおう、という戦略を持っていると考えることができます。

女性は、男性の助けがなくても子どもを育てることが比較的容易な若くて元気があるときは、こうした男性を好み、積極的に性交渉を持とうとする傾向が強いようです。しかし、女性に体力がなくなり子育てに男性のコミットメントが必要になってくると、対照的に親切行動をする男性に惹かれるという性質が強くなってくるようです。

自力で困難を乗り越えることが割合大丈夫な女性から見ると、親切行動をとる男性のよさはわかりにくいかもしれません。そういう男性はナルシストやサイコパスのように一見派手に輝く場面は少ないものです。彼らの良さを女性が認知するのは共感性が発達し、知的にも成熟してくるころ。すると、やや年齢が高めになってしまいます。

お見合いや社会的事情で結婚するというのでなく、女性側から男性の良さを見て恋愛を主導し結婚するとなると、これが30代後半くらいになってしまうのは必然的な流れとも言えます。特に都市部の女性では30代での結婚が一般的になってきました。

野心的な女性は“ダメ男”に要注意

男性の選び方は年齢軸以外に、そもそもの女性側のタイプという軸によっても変わります。

新奇探索性が高く、野心的でいろいろなことに積極的にコミットしたい、自身もサイコパシーが高い女性はいわゆる“ダメ男”であるダークトライアドの持ち主に惹かれる可能性が高いでしょう。拙著『サイコパス』(文春新書)でも触れましたが、サイコパシーの高い人はサイコパシーの高い人と結ばれやすいという調査もあります。

もっとも、性交渉に至るまでとその帰結に伴うリスクは男性のほうが低く、女性はリスクが高くなるので(身体的に妊娠と出産による負担が大きい)、性交渉に関しては女性のほうが男性よりもよりブレーキがかかりやすいという特徴があります。もちろん性的にアクティブな女性も存在するのですが、男性よりは少ないようです。

倫理という観点からはさまざまな意見があるでしょう。が、生物としては、特にどちらが良い悪いということはありません。ただシンプルに、それぞれが異なる戦略をもって、生き延びるための工夫をしているということです。

自分の不安を埋めるための結婚相手

学生時代など発達段階で経験させられてしまった、たとえばスクールカーストで味わった低い順位などの屈辱的な記憶を、結婚した相手のステータスによって解消したいと望む人は少なくないようです。男性のステータスによっては、女性が優位に立とうとする(マウンティングと呼ばれる)現象が見られることもあります。

興味深いことですが、現代の日本社会では、女性にとって結婚相手のステータスは自身の学歴と同じか、またはそれ以上の機能を果たします。自身が特筆すべき学歴を持っていなくても「私の旦那は〇〇大学卒なのよ」とアピールすることで、それを手に入れた自分が承認されるような感覚が得られるのを感じたことがある人も多いでしょう。逆に、自身の学歴が高いことはあまり評価されず、むしろパートナーを探すのに困った経験のある女性も存在するでしょう。

「学歴やステータスでしかその価値を認めてもらえない旦那さん」というのもかわいそうですが、「学歴やステータスがあることで疎まれてしまう女性」というのもまたやるせない存在です。

荒川和久さんの記事などで、女性の年収が1500万円を超えてくると一気に未婚率が上がることが指摘されていますが、女性が結婚に求めるものがその背後に見え隠れするようで興味深いデータです。

自分にないものを相手に求めるのは恋愛のよいきっかけとなるものですし、関係が良好なあいだは互いの足りない部分を埋める材料として、ステータスや、自分に足りない部分への不安でさえ、ふたりでいるための力の一部になります。しかし、ひとたび関係にひずみが生じると、互いの不安は関係のリカバリーを難しくさせてしまう原因にもなり、長く関係を続けることが困難になるようです。

“他人”と心地よくいられるか

結婚するとほとんどの場合、長い時間をこれまで他人であった人と一緒にすごすことになります。初めのうちは、誰か新しい人が家というプライベートな空間にいる、というだけでストレスを感じてしまうことがあるかもしれません。ひとりでいるほうが気楽、と感じる人の声は意外なほど多く聞かれます。

ひとりでいればだらしなくしていても誰にも何も言われない、という事情もさることながら、よりストレスを大きくしているのは自分の行為をたしなめてくる自分の声です。

たとえば女性の場合なら「夫の前では裸でいるものではない」などと、自分がいつか何かで読んだり誰かから言われたりしたその記憶が「こんなことをすると嫌われる」「夫の前で『女』を捨ててしまう自分は魅力がないと思われるのではないだろうか」と常に自分を責め苛んでくるのです。このような、ふたりでいるときのストレスからは、別居でも始めない限り自由になれません。

自分に対して語りかける自分の声の正体は、「内側前頭前野」の働きです。ここは良心の領域と呼ばれているところで、自分の行動を律するという役割を果たしています。

「妻たるものは夫のために料理をすべき」「働いて帰ってくる夫のために居心地よく住居を整えておくべき」「夫より先に起きて化粧をすべき」など自分を諭してくるのはこの領域の機能です。

日本人はおそらくこの機能が高いと考えられますが、この部分は自分自身だけではなく、他人に対してもその行動をたしなめるような働きを持ってしまうことがあります。

いわく、「不倫をすべきではない」「子どもがいるのに夫婦喧嘩をすべきではない」「政治家は性的関係において清廉であるべきだ」「予定されていたコンサートをアーティスト側がドタキャンすべきではない」などと、それまでまったく何のかかわりもなかった人にまで、「いかがなものか」と物言いをつけてしまうのです。ネットニュースのコメント欄やSNSを見渡してみても、こうした発言が非常に多いことがわかります。

人と一緒にいると他人の視線が気になる、と答えた人は20代で7割、30代~40代になると5割程度にまで下がってきます。年齢が高くなるほど割合が下がるのは、人の視線に慣れてくるからということと、不安そのものをより抑えるための脳の仕組みが発達してくるからという理由によります。

ふたりでいることのストレスをより軽くするためには、自分や相手を責めようとする内側前頭前野の働きに少しブレーキをかけてやり、多少逸脱したことを自分や相手がしてしまっても、寛容でいられるように心がけていくのが大切になってくるでしょう。

相手との豊かな関係とは

とはいえ、日本では今や3人に1人が離婚する時代です。結婚生活はうまくいけば非常に楽しいものですが、さまざまな要因によりそうならない組み合わせもあります。特に結婚生活を長く続けることが無条件に良いことというのは非論理的ですし、離婚や未婚が無条件に悪いということもありません。国家のために個人の生活を犠牲にして、結婚や子育てをするべきというのも前時代的な考え方でしょう。

失敗をしたくない、という気持ちが強くなりやすい遺伝的傾向を持つ日本人の集団の中にあって、やはり結婚にも失敗はしたくないと思ってしまうのが人情というものかもしれません。リスクを避けるほうが賢い生き方だ、とするような窮屈な風潮もあります。

ただ、うまくいくことだけが是とされる社会は選択肢の多様性にかけ、新しい発展の芽も育ちにくいものだろうと思います。

女性も男性も結婚相手や結婚そのものに対する過剰な期待や圧力を感じたら、それをひとまず遠くから客観的に眺めてみましょう。本当に自分と自分の大切な人が悠々と生きていくためには……という視点から恋愛や結婚を見つめなおしてみることができれば、それがもっと豊かで楽しい関係を築いていくための基礎になっていくはずです。