医者が診断時、政治家並みに「煮え切らない説明」をする理由とは

覆面ドクターのないしょ話 第36回
佐々木 次郎 プロフィール

「医療に絶対はない」という前提がある

そして、3番目に煮え切らない説明をする職業が医者だ。その前に……。

「俺だって 診断結果は チョイ悪だ」(脂肪官、2007年度サラリーマン川柳)

40歳過ぎは健診結果が少し気になりだすお年頃。

 

健診結果を眺めると、何とも無味乾燥な気分になるものである。健診結果は、1. 異常所見なし 2. ほぼ異常なし 3. 要経過観察 4. 要精密検査  5. 要治療などに分類されている。

最近は、異常がなければ「異常なし」と診断結果に書かれるようになった。昔は「異常を認めず」なんて書いてあった。何じゃ、こりゃ! なぜ「異常なし」じゃないんだ! 白黒はっきりさせてくれよ!と言いたくなる。

診断医の立場から言えばこうなる。

「『異常値』がなかっただけで、体に『異常』がなかったとは言い切れません。だから『異常を認めず』なんです」

何ともあやふやなニュアンスなのだ。

この「正確な説明」を心がけながらも、「逃げの姿勢」と「保身」は忘れない。以下の例文は私が若い頃やっていた小手術の説明である。

「手術は30分以内に終わる小さな手術ですが、麻酔薬によるアレルギーでショックを起こす人もいます。止血しながら手術しますが、出血が止まりにくいと、血圧が下がり命にかかわる場合もあります。術後、血栓ができて脳や肺に飛んでしまう可能性もゼロではなく、最悪の場合死に至ります……以上です。では、手術承諾書にサインをお願いします」

読者の皆様、御感想はいかがでしょうか?

「お前の手術なんか絶対受けたくないよ!」

と思いましたよね?

お医者さんが何を言っているかわからないときには、遠慮せずに「よくわかりません」と言いましょう

医者がこれほど歯切れの良くない言い方をするのは、「医療に絶対はない」という前提があるからだ。

たとえば、化学には絶対があるかもしれない。工学部の友人が言っていた。

「物質AとBを正確に測定し、一定の化学反応を起こせば必ずCになるんだ。医療みたいに白と黒がはっきりしない仕事なんて、俺にはとうていムリ!」

医者は「絶対」という言い方を極端に恐れている。たとえば、塩分の摂り過ぎは高血圧の原因になり「絶対」に体に悪い。タバコもしかり。では、砂糖は健康に悪いのか? 酒は? 医者の大多数が「そうだ」と思っていても、「絶対」と言い切ることを我々は大変躊躇する。こんなときは次のような表現を用いる。

「砂糖が健康に悪影響を及ぼすとの論文が見られます」

私が悪いって言ってるんじゃありません、悪いと論文に書いている研究者がいるんです、砂糖業者の皆様、私を責めないでくださいね、そういうニュアンスだ。

健康診断の「異常を認めず」はまだマシなほうで、病院で受けた検査の結果が書かれたレポートも歯切れが良くない。

「あの先生の診断書、何言ってるのかさっぱりわからないよ」

金融業界に勤める私の友人が嘆いていた。友人は腕にしこりができたので、ある病院でMRI検査を受けた。検査後、その結果を渡されたが、意味がわからないので、私のところに持ってきたのだった。

その書類は、正確には診断書ではなくて、放射線科医が書いた読影レポート(画像を読んだ所見の報告書)だった。それにはこう書かれていた。

「比較的境界不明瞭な腫瘤ですが、周囲および深部への浸潤を認めず、悪性とするにはアティピカル(非典型的)で、良性の脂肪腫と考えて矛盾はありません」

読者の皆様どう感じましたか?

「何が言いたいの?」って感じですよね。

要は「良性の脂肪の塊です」と言っているのだ。良性であっても、手術するかどうかは議論の余地があるが、このレポートはとりあえず「ガンではないから大丈夫」という診断だ。

こういう書き方が病院内のレポートには非常に多い。

「比較的」「異常を指摘できず」、「非典型的」、「矛盾なし」……そのうち「やぶさかではない」「粛々と」「いかがなものか」などと政治家みたいなことを言い出す医者が出てくるのではないかと私は密かに心配している。