後悔しない人生を過ごすための「年代別傾向と対策」

こころの老い支度のポイント
和田 秀樹 プロフィール

私は、医学の力に頼りながら一定の年代──おおよその目安としては70代くらい──まで老いと闘うことは、何ら悪いことではないと思います。そしてそのときが来たら、今度は満を持して「老いを受け入れる」段階に移行する……。そうした、言ってみればごくシンプルな老いとの向き合い方をすればよいと思うのです。

「老いを受け入れる」ことで老後が楽になる

どれほど医学が進歩しても、人間は不老不死を得ることだけはおそらくできません。そうである以上、しかるべきタイミングがやってきたらそのときは自分自身の老いと向き合う必要が当然ありますが、このときにより大きな問題を抱えがちなのは、いわゆる「元気な高齢者」かもしれません。

たとえば2017年8月には、脚本家の橋田壽賀子さんが『安楽死で死なせて下さい』(文春新書)という本を出し、こちらも話題となりました。

橋田さんはこの本を執筆した時点で92歳。依然として現役の脚本家として活躍されているのは周知のとおりです。

その彼女が本書のなかで、今後もし自分が認知症になると人に迷惑をかけるから、そうなる前にスイスの「ディグニタス」という安楽死支援組織に行きたい、そこで安楽死したいと主張しました。当然、賛否両論を呼びつつも、彼女のこの主張に共感した高齢の読者は多かったようです。

 

私が臨床現場で出会った患者さんたちのことを思い起こしてみても、ある程度の高齢になってからも元気に働いてきたタイプの人ほど、いざ介護保険を使わなければならない立場になると、その行使にかなりの抵抗を感じてしまう傾向がありました。

とりわけこのような方が初期の認知症などにかかっているケースだと、デイサービス(通所介護)に行くことを極度に嫌がるため、患者本人のためにならないだけでなく、介護する家族にも負担がかかってしまうことが多かったのです。

私が、人生のある時期からは老いを受け入れる方向にマインドを切り替える必要がある、と考えるのは、こうした不幸な事態を招いてほしくないからでもあります。

もっとも、「老いを受け入れる」というのは言葉で言うほど簡単なことではありません。実行するには、少なくとも自分自身が今後50代、60代、70代……と年齢を重ねていくにつれてどのような事態が待っているのか、事前にある程度イメージできている必要があるでしょう。

たとえば橋田さんにかぎらず多くの高齢者が恐れている認知症に関して言えば、90歳を過ぎればもはや特別なことでもなんでもありません。

厚生労働省作成の資料(「年代別認知症有病率」)を見ればわかるように、90歳まで生きた人の61%は認知症になっていますし、さらに95歳まで生きた場合の認知症有病率となると、じつに8割に達しているのです。

こうしたことを知っていれば、認知症という病気に対するイメージまでいくらか変わってくるのではないでしょうか。

認知症にまつわる誤解を解きほぐす

私に言わせれば、認知症ほど一般の人から誤解を受けている病気はありません。そしてそのなかでも最大の誤解の一つが、認知症になった人が「子どもがえり」するというよくある思いこみです。

一時期はそれが世の中の常識になるほどに広まってしまったことで、介護の現場でもおかしなことがたくさんおこなわれていました。

入居者であるお年寄りのレクリエーションとして、まるで幼稚園の園児たちがやるように童謡を歌わせることは20~30年前の老人ホームやデイサービスでは当たり前のように実施されていましたし、もっとひどいところになると、入居者を「太郎ちゃん」「花子ちゃん」などいわゆる「ちゃん付け」で呼んでいました。

これらはもちろんお年寄りに喜んでもらおうという意図でおこなわれたことではあるのですが、実際にやってみると、子ども扱いされることを不快に感じるお年寄りのほうが圧倒的に多いことがわかって、今ではほとんどおこなわれなくなりました。

最近の高齢者施設のレクリエーションでは、個々の入居者が若い頃に好んでカラオケで歌っていたような歌を歌ってもらうことが多いようです。

photo by iStock

認知症を発症した人がわがままになるのはたしかに比較的よく見られることではあります。

しかしこれがいわゆる「子どもがえり」とまったく違うのは、認知症患者の場合はその人が認知症になる以前の人生で築き上げた固有の人格は依然として存在していること、そしてその一方で、その人のなかから短期記憶をはじめとしたさまざまな能力が抜け落ちていく、ということです。

そのため、若い頃から教養のある会話をしていた人なら認知症が相当に進行していても難解な用語を駆使して高度な会話をする(語彙のレベルは高くても、話のつじつまが合わないことは珍しくありませんが)という例はいくらでもあります。

また、そうした人でなくても大人としての自尊心やプライドは保たれているため、介護する側が「子どもがえり」しているものと思いこんで幼児と話すときのような口調で話しかければ、通常はお年寄りを傷つけてしまいます。

基本的に認知症は、その人の元からの人格が維持されたまま記憶障碍が生じたり、もともともっていたその人の性格がより先鋭化して現れてくる病気です。

なかにはほんとうに子ども時代に戻ってしまったかのように天真爛漫な言動をするようになる認知症患者がいないわけではありませんが、これはあくまでも例外的な事例にすぎません。一見子どもがえりしたと見紛うほどに天真爛漫になる人は、もともとその人自身に天真爛漫な性格の素地があり、それが先鋭化しただけなのでしょう。