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「難解な批評家」小林秀雄は、なぜ言葉より「人の顔」を信用したのか

知れは知るほど人の見方が変わる

「難解な批評家」のイメージが先行するだけに、小林秀雄が書いてきた多くの人物評論は言葉そのものを重要視してきたように思われるかもしれない。しかし小林は人の言葉よりも「顔」を重視した。

言葉はウソをつくが、顔は作り変えられないというのだ。ものごとを概念的に言葉でとらえるのが近代だとしたら、小林は近代のうさんくささを見抜いていたのだと、このほど『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?』を上梓した適菜収氏は指摘する。

小林の執拗なまでの顔へのこだわりとは何だったのか。そのハチャメチャな人物像とともに『小林秀雄の警告』から紹介する。

 

人を顔で判断するのは大事なこと

小林秀雄はいい顔をしています。優しそうだし、カッコいい。小林と一緒に酒を飲んだことがある文芸誌の編集者は「あいつは酒乱だ」と言っていたが、酒でも飲まなければやっていられないし、顔がよければ許される。

街を歩いていて、変な顔の人間がいると、どうしても見てしまいます。電車に乗ると、目の前の座席にいろいろな種類の顔が並ぶことになる。見てはいけないと思いながらも、目が行ってしまう。

親や学校の先生は、「人の顔をジロジロ見てはいけません」「顔は生まれつきのもの。人を顔で判断してはいけません」と子供を叱ったりする。でも、子供は正直だから、「変なものは変だ」と思ってしまう。これは子供のほうが正しい。人を顔で判断するのは大事なことです。

 

悪そうな顔の人間は危険人物である可能性が高い。変な顔に自然に目が行くのは、危険を回避する本能です。漫画だって、悪い奴は悪そうな顔に描かれているでしょう。『ドラえもん』に登場するジャイアンの顔が出木杉で、出木杉の顔がジャイアンだったら違和感がある。それは人類が経験的にそう判断してきたからです。

もちろん、例外もあります。すごくいい人そうなのに、殺人事件の犯人だったとか。サスペンス映画やドラマでよく使われる手法ですが、これだって「悪い奴は悪そうな顔をしている」という共通認識があるからネタとして成り立つわけです。

変な顔の政治家は変な政治家です。こう言うと反発があるかもしれない。「それなら美男美女が政治家をやればいいのか?」「お前の顔はどうなんだ」「政治家は主張や政策で評価しろ」「論理性のかけらもない」

いずれも「近代的観点」からすればもっともな批判です。しかし、言葉はいくらでもごまかすことができる。政治家は選挙前になると、有権者にとって耳あたりのいいことを言います。アジェンダ、マニフェスト、維新八策、骨太の方針……。嘘八百を世の中に撒き散らし、選挙が終われば知らぬ顔を決め込む。

言葉はウソをつくが顔は変えられない

世の中には上手に嘘をつく人間がいます。彼らは巧妙に言葉を操り、人々を騙します。でも、顔は簡単につくり変えることはできない。詐欺師は詐欺師のような顔をしているし、デマゴーグはデマゴーグのような顔をしている。

先日、こんなニュースを見かけました。米紙ワシントン・ポストによると、最新の顔分析システム「Faception」が、パリ同時多発テロ事件の実行犯11人のうち9人を「テロリスト顔」と判別。このシステムがもし警備に導入されていたら、テロを防ぐことができたか、少ない被害で済んだという。

テロリストの顔には特徴があり、このシステムはそれを一瞬にして検知。現時点で判別の精度は80パーセントで、他にもロリコン、知能犯罪者、天才、優れたポーカープレイヤーなど、15のパーソナリティーを見抜くことができるらしい。

「人を見る目」という言葉もある。大企業の入社面接だって、結局最後は顔で決まる。人は見た目で判断できるのである。