通算1565勝1563敗の名将が語る「みんな負けかたを知らない」

不器用は、器用に勝るのだ
野村 克也 プロフィール

「そなえ」が導いた1565勝1563敗

鶴見さんのいう「敗北力」とはいったいどのようなものか──無学無知の私なりに解釈し、敷衍すれば、次のようになる。

つねに最悪の状況を想定し、そういう事態に陥らないためにどうするか、さらにそうなったときにはどうするかという「そなえ」──ただ漠然と毎日を過ごすのではなく、あらかじめ感じ(予感)、あらかじめ想い(予想)、あらかじめ測り(予測)、あらかじめ防ぐ(予想)という姿勢──を怠らない心構えを持つと同時に、負けや失敗から学び、それを勝ちや成功につなげる力。

 

これすなわち、私がずっと実践してきたことにほかならない。

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たとえば、高校野球では毎夏、甲子園を目指して全国で4000校近くが地区予選に参加するが、代表になれるのは1校だけである。そのなかで最後まで勝ち続けるのはやはり1校で、残りはすべてどこかで「負け」を経験する。

人生だってそうだ。勝ち続けの人生なんてありえない。というより、ほとんどの人は負けることのほうが多いはずだ。そして負けたときに、「自分はダメだ」と絶望したり、「おれの力はこんなものだ」とやる気を失ったりしてしまえば、あとは負け続けるだけ。いつまでたっても勝つことなどできないだろう。

とすれば、負けを受け入れ、自分のなかでどのように消化し、どうやって勝ちにつなげるか、力強く生きていくための糧とするかということが、われわれはつねに問われ続けているといえるだろう。

前述したように、私の人生は、負けや挫折、失敗をいかに成功や勝利に変えるかの試みの繰り返しであった。監督として与ったチームはすべて、最下位が定位置といっても過言ではないチームばかりであったけれど、24年の監督生活は1565勝1563敗と、最終的には勝ち越して終えることができた(むろん、自分ではまだ終えたつもりはないけれど)。

この1563という負け数は、巨人や西鉄ライオンズなどを率いた名将・三原脩さんの1453敗を大きく引き離して、ダントツの第1位である。監督の在任期間が短くなった現在では、不滅といってもいいワースト記録だ。

けれどもこの記録は、それだけ私が必要とされたことの証でもある。格差社会といわれ、力がありながら勝負の舞台にすら上がれず、持てる力を発揮する機会にも恵まれない人がたくさんいるいまの世の中にあっては、齢七十を超えてからも求められる場所があったのは、まことに幸せなことだったと思う。