通算1565勝1563敗の名将が語る「みんな負けかたを知らない」

不器用は、器用に勝るのだ
野村 克也 プロフィール

プロ野球が大味になったワケ

最近のプロ野球は大味になった。監督も選手もメディアもファンも、「力対力の勝負」を「ただ力いっぱい投げ、力いっぱい打つこと」と勘違いし、たんなる“打ち損じ・投げ損じ”の野球が全盛になってしまっている。

その結果、一方的な展開のゲームが増え、連勝や連敗もやたらと多くなった。あるいは、前年に圧倒的な強さでペナントを制したと思ったら、今年はあっという間にBクラスに沈んでしまう、というチームも少なくない。

つまり、一度調子に乗れば、かさにかかって徹底的に相手を打ちのめす一方、一度歯車が狂うと、どう修正していいかわからずに落ちるところまで落ちてしまう……そんなケースが非常に目立つようになった。

「その原因はまさしく、『負けかた』を知らないこと、すなわち今日の負けを活かし、明日の勝ちにつなげる方法を知らないからではないか」

そんなことを考えていたとき、鶴見俊輔さんという哲学者が、「敗北力」について短文を書いていることを知った。鶴見さんによれば、敗北力とは、「どういう条件を満たすとき自分が敗北するかの認識と、その敗北をどのように受け止めるかの気構えから成る」という。

かつての日本人は、この敗北力をそなえていた。たとえば幕末の長州藩は、文久3(1863)年、イギリスをはじめとする列強4ヵ国と戦って敗北した。英国留学を切り上げて急遽帰国した伊藤博文は、まだ煙の立ち上る下関の町中を歩いて西洋料理の材料を集め、上陸してきたイギリスの使節をもてなす用意を成し遂げた。「こんなことができる人を最初の総理大臣にするのだから、当時の日本人は欧米諸国を越える目利きだった」と鶴見さんは書く。

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また、講話交渉に赴いた高杉晋作は、イギリス側から「ここから見える島のひとつをお借りできませんか」と打診されると、日本の神々の名前を並べ、「神にいただいたものだからお貸しできません」と答えた。鶴見さんによれば、アヘン戦争に敗北した清国を見聞した経験を持つ高杉は、領土の期限付租借が「植民地化」を意味することを見抜いていて、うっかりしていると日本も清の二の舞になりかねないことをわかっていたからだという。

 

ところが、「この敗北力は、大正・昭和に受けつがれることはなかった」と鶴見さんは言うのだ。かろうじて吉田茂首相が、共産党書記長だった徳田球一に議会でさんざん攻撃されたあと、「どうだ、参ったか」という身振りを送った徳田に対して笑いを返す、そのなんともいえない呼吸に「いまの総理大臣にはない敗北力」を見た程度だったという。

いまや日本人は完全に敗北力を失ってしまった。そして、2011年に起こった福島原発の事故に対して、「日本人はどれほどの敗北力をもって対することができるか」が問われている、と書いておられた。