「負けかたについて書いてください」
出版社から要請を受けたとき、正直、腹が立った。
半世紀以上、勝負の世界で生きてきた。そこでは勝つことのみが評価され、敗者は去るのみである。選手のときも、監督のときも、シーズンを迎えるにあたって誓ったことはただひとつ──「全勝してやる!」それだけだ。
毎試合勝つつもりで、全力で臨んだ。負けることなど、勝負に臨むに際して考えたこともなかった。どんなに劣勢に立たされている試合であっても、「絶対に逆転してやる」という気持ちを失わなかった。勝負の世界に生きる人間にとってはあたりまえのことで、「負け」は私がもっとも嫌いな言葉のひとつだ。
「そんな私に、『負けかたについて書け』とは何事か!」
最初はそう思ったのである。
だが──。
考えてみると、私の人生はある意味、負け続けであった。何をするにしても、すべて負けからスタートしている。最初からうまくいくことなど一度もなかった。うまくいくように思えたときでも、必ず壁にぶつかり、跳ね返された。けれども、その都度、自問自答した。
「なぜ、うまくいかなかったのか。何がいけなかったのか」
原因を突き止めたら、次はこう考えた。
「どうすればうまくいくのか。そのためには何をすればいいのか」
試行錯誤を繰り返すなかで、少しずつ進歩していった。私の人生は、まさしくその繰り返しだった。失敗や負けから学び、それを次に活かすことで、技術的にも精神的にもより強くなっていった。
その意味で、私を成長させたのは失敗や負けなのであり、逆にいえば、失敗や負けを何度も経験したからこそいま私がある。そういっても過言ではない。
「とすれば──」私は思い直した。
「よい負けかたについて、すなわち、明日勝つために今日の負けといかに向き合い、糧とするか、ということなら、書けるのではないか。いや、私以上の適任者はいないのではないか……」