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通算1565勝1563敗の名将が語る「みんな負けかたを知らない」

不器用は、器用に勝るのだ
2018年のプロ野球は、福岡ソフトバンクホークスのリーグ2位からの“下剋上”の日本一で幕を閉じた。勝者は常に1人または1チーム。残りはすべて敗北の痛みと後悔を背負って1年を終える。平成最後の年の瀬が迫る今、通算1565勝1563敗の名将がすべての敗者にエールを贈った熱きメッセージを、『野村克也人生語録』(2016年刊)から公開する。

出版社の失礼な依頼

「負けかたについて書いてください」

出版社から要請を受けたとき、正直、腹が立った。

半世紀以上、勝負の世界で生きてきた。そこでは勝つことのみが評価され、敗者は去るのみである。選手のときも、監督のときも、シーズンを迎えるにあたって誓ったことはただひとつ──「全勝してやる!」それだけだ。

毎試合勝つつもりで、全力で臨んだ。負けることなど、勝負に臨むに際して考えたこともなかった。どんなに劣勢に立たされている試合であっても、「絶対に逆転してやる」という気持ちを失わなかった。勝負の世界に生きる人間にとってはあたりまえのことで、「負け」は私がもっとも嫌いな言葉のひとつだ。

「そんな私に、『負けかたについて書け』とは何事か!」

最初はそう思ったのである。

だが──。

 

考えてみると、私の人生はある意味、負け続けであった。何をするにしても、すべて負けからスタートしている。最初からうまくいくことなど一度もなかった。うまくいくように思えたときでも、必ず壁にぶつかり、跳ね返された。けれども、その都度、自問自答した。

「なぜ、うまくいかなかったのか。何がいけなかったのか」

原因を突き止めたら、次はこう考えた。

「どうすればうまくいくのか。そのためには何をすればいいのか」

試行錯誤を繰り返すなかで、少しずつ進歩していった。私の人生は、まさしくその繰り返しだった。失敗や負けから学び、それを次に活かすことで、技術的にも精神的にもより強くなっていった。

その意味で、私を成長させたのは失敗や負けなのであり、逆にいえば、失敗や負けを何度も経験したからこそいま私がある。そういっても過言ではない。

「とすれば──」私は思い直した。

「よい負けかたについて、すなわち、明日勝つために今日の負けといかに向き合い、糧とするか、ということなら、書けるのではないか。いや、私以上の適任者はいないのではないか……」