神は存在するのか? ホーキング博士が遺作でも強調した「答え」

かつてキリスト教信者から批判され…
岡本 亮輔 プロフィール

ホーキング博士は、ガリレオ・ガリレイ(1564〜1642)の亡くなった日からちょうど300年後に自分自身が生まれたことを誇りに思っていたようだ。いうまでもなく、ガリレオは科学の父の1人であり、地動説を唱え、異端審問にかけられた人物である。

博士によれば、人が大いなる問いを抱くのは当然だ。

なぜ世界は存在するのか。いかにして世界は始まったのか。世界を支配する法則はあるのか。

かつてはこうした問いに対しては、宗教が答えを出してきた。神こそが世界を支配する法則であり、この世界のすべてに神の意思が透徹している。

しかし、現在では、科学が宗教よりも正確な答えを出すようになっているというのが博士の基本スタンスだ。

 

生前から最も批判を集めてきた神の不在についての主張も明快だ。

聖書では、神が世界を創造したとされる。神は「地は形なく、むなし」かったところに天地を創造し、光を生み出し、そして動植物や人間を造り出した。つまり、無から有を生み出したのである。

しかし、ホーキング博士によれば、宇宙は科学法則にしたがって無から生じ、そして本質的に無のままであり続けている。さらに、宇宙が創生する前の状態も科学法則が支配しており、そこにも神の介在する余地はない。

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博士によれば、宇宙を作るには物質、エネルギー、空間という3つの材料がいる。そしてアインシュタインは、「E=mc2」という方程式で、質量とエネルギーが等しいことを証明した。つまり、20世紀に入り、宇宙の材料はエネルギーと空間の2つに絞り込まれたのである。

こうした洞察の上に、さらに負エネルギーという概念が導かれた。真っ平らな場所に丘を作るには、周辺の地面を掘り返し、そこから出た土を盛る必要がある。その際、土を調達するためにできた穴が「負の丘」だ。そして当然だが、土の総量はまったく変化しない。

丘づくりと同じようなことが宇宙創成でも生じた。博士によれば、「宇宙は負エネルギーを貯めこむ巨大バッテリー」のようなものだ。そして土の総量が変化しなかったように、エネルギーの総量に変化はない。つまり、宇宙は結局は無であり、無から有を生み出す神の存在は不要なのである。

第1章末尾で、博士は「私は信仰を持っているのか?」と自問する。そして、誰しも自分の好きなものを信じる自由があることを確認した上で、やはり自分にとっては「神はいない」と断言する。

宇宙を創り出したものも、私たちの運命を決定しているものもいない。天国も死後の生も存在しない。死後の生を証明する信頼できる証拠はない。博士によれば、私たちは死んだらゴミ(dust)になるのである。