稀代の仏教哲学者・鈴木大拙が今こそ読まれるべき理由

「東洋哲学」はここから始まった

折口信夫と西田幾多郎への多大な影響力

まさか自分が鈴木大拙を主題として一冊の本を書き上げることができるとは思ってもいませんでした。

そもそも大拙に関心を抱いたのは、折口信夫について調べている過程で、でした。折口信夫は、大学の卒業論文として『言語情調論』を提出します。後に国文学者にして民俗学者となる人物からは想像もつかないような破格の言語論で、詩的言語発生の条件を社会学的かつ心理学的に探求していこうとしたものでした。

 

折口は、言語のもつ機能を二つに分けます。日常のコミュニケーションを成り立たせている間接性の言語と、非日常のコミュニケーション(つまりは詩)を成り立たせている直接性の言語です。両者の違いは、言語のもつ「意味」にダイレクトに迫っているか否かという点にあります。

日常のコミュニケーションでは、言語のもつ「意味」を正確に伝えるために、「意味」の表層に間接的にしか触れません。非日常のコミュニケーションでは、言語のもつ「意味」の根源に迫るために、「意味」の深層に直接的に入っていきます。

間接性の言語が一つの音で一つの意味をあらわすとしたら、直接性の言語は一つの音のなかに無限の意味のニュアンスが秘められたものです。折口は、こう続けていきます。

直接性の言語とは、純粋な感情を解き放つ「叫び」のようなものだ。それ自体がほとんど無意味であるがゆえに、そのなかに、あらゆる意味を萌芽状態のまま潜在的に包摂している。

そうした包括的な意味を顕在化させる間接性の言語によって自他の境界が分けられ、コミュニケーションが可能になるとしたなら、直接性の言語は自他の境界を一つに融け合わせてしまう。すなわち、詩的な言語を発するということは、自分の内側と外側、精神と物質、有限と無限という差異を無化してしまうことなのだ、と。

折口信夫

折口は大学卒業後、失意の浪人生活を送りながら、柳田國男の著作と出会うことで民俗学に目覚めます。しかしながら、折口が生涯の課題としたのは、やはり「国文学の発生」、詩的言語の発生という問題でした。

折口は、「国文学の発生」の起源に、自他の区分、精神と物質の区分を無化してしまう「神憑り」(憑依)を据えます。そういった意味で、折口の探求は首尾一貫しています。

ただし、これまでにも何人かの意識的な研究者たちが、『言語情調論』の時代の折口に近しいのは、柳田國男の民俗学ではなく、西田幾多郎の哲学ではないかと言及していました。

西田もまた、その処女作である『善の研究』の冒頭で、自他の区分、精神と物質の区分が無化される「純粋経験」、主客未分にして主客合一である「経験」から哲学をはじめると力強く宣言していました。

しかしながら、西田の『善の研究』は、折口が『言語情調論』を提出する前ではなく、その直後(数ヵ月後)に刊行されたものでした。つまり、折口が『善の研究』を参照することはできなかったのです。

それでは、ただの同時代の傾向というだけで、互いに無関係だったのでしょうか。そうではなかったのです。折口の『言語情調論』と西田の『善の研究』の双方に甚大な影響を与えた人物が存在していたのです。

それが鈴木大拙でした。