「妊娠中絶は殺し屋を雇うのと同じ」…ローマ法王“過激発言”の波紋

急激に教会離れが進む中で
岡本 亮輔 プロフィール

同性愛については次の通りだ。

「これ〔同性愛〕を重大な堕落としている聖書に基づき、聖伝はつねに、「同性愛の行為は本質的に秩序を乱すもの」であると宣言してきました。同性愛の行為は自然法に背くものです。これは生命を生み出すはずのない性行為です。真の感情的・性的補完性から生じるものではありません。どのような場合であっても、これを認めることはできません」

同性愛は秩序を乱し、絶対に認められないとされる。とはいえ、同性愛を逸脱としつつも、それは当事者にとっては「試練」であり、同性愛者を軽蔑差別することは強く諌めている。

他方で、日本でも議論のある臓器移植は容認される。とりわけ、死後の臓器移植は「連帯精神」のあらわれであり、積極的に推奨されなければならない。また死体解剖についても、「功徳」として奨められている。

〔PHOTO〕gettyimages

そして、中絶については以下の通りである。

「人のいのちはどんなことがあっても受胎のときから尊重され、保護されなければなりません。人間は存在の最初の瞬間から人権を認められなければなりませんが、その中にはあらゆる罪なき人間のいのちに対する不可侵権が含まれています」

「教会は1世紀から、あらゆる妊娠中絶は倫理的に悪いものであるということを宣言してきました。この教えは変わったことがありません。不変のままです。目的または手段として意図された直接の妊娠中絶は、道徳律への重大な違反です」

「妊娠中絶に直接に協力することは大罪です。教会は人のいのちに対して行われるこの犯罪に、教会法上の破門罰を科しています」

中絶は道徳の重大な裏切りであり、その禁止はカトリックの不変の教えであることが強調される。ちなみに、胎児診断についても、胎児の保護・治療のためならゆるされるが、中絶する意図で行うなら「道徳律に対する重大な背反」とされる。

 

カテキズムの冒頭には、刊行当時の教皇ヨハネ・パウロ2世のまえがきが付されている。それによれば、カテキズムは「教会的交わりのために役立つ権威ある道具」「信仰を教えるための確実な規範」であり、「確実で真正な参考書」だ。

したがって、カテキズムは「カトリック信仰全体を有機的に提示するもの」であり、「一貫性のある全体として読まなければ」ならない。そして、カテキズムの草案作成をしたのが、ラッツィンガー枢機卿(のちのベネディクト16世)をはじめとする12人の最高位の聖職者たちである。

カテキズムに見られるカトリックの教えが、現代の社会文化とそぐわない部分を多くはらんでいることはいうまでもない。そして教会としては、これらの教えをすべてそのままに受け入れるのが信者の務めであるとしている。

だが重要なのは、実際にはそうではないことだ。前述の通り、西欧をはじめとして教会離れが進んでおり、カトリックを事実上の国教としてきたような国でも批判が目立つようになっているのである。