大坂なおみとは誰だったのか? 社会の「普通」をあぶりだす言葉たち

誰の言葉も奪わないために
三木 幸美 プロフィール

誰の言葉も奪わないために

マイノリティの子どもたちと関わりはじめて気が付いたのは、自己決定や自己表現の機会が少ないということだ。子どもたちもまた、社会の正解や正しさを求め、自分の「普通」を捨ててしまうことがある。

外国にルーツがあることを隠しながら、学校から帰ったあとに「今日もうまくいった」と胸を撫で下ろす日々は、すでに「普通の社会」の被害者であるといえるだろう。

2013年に始めた子どもたちとのダンスの活動では、参加する全員が自分の意思で決めることと、それが今より少しだけ良いものであることを目標にしていた。

とはいえその選択が誰かを傷つけてしまうものになったり、目の前にいる人の言葉を奪うものになる可能性もある。

そんな時には必ず大人が入って、誰の言葉も奪わなくて済む方法を一緒に考えた。

 

「全員が自分の意思で決める」状況は、リーダーシップを持った人間が分け与えるものでもなく、個人が思いのままに振る舞うことでもない。

振付の合間のポーズも、発表会のプログラムに載せる自分の名前の表記も、「自分の譲れないものを選び、そのプロセスを含めて周りが尊重する」という意識を醸成する練習の一環でもあった。

常識を疑い、当たり前をぶっ壊し、独自の新しい世界を作ることではなく、「普通」の言葉やまなざしによっていないものにされないために、自己表現を選び、守り続けることを目指している。

そしてマイノリティをなきものにする空気に対して、声をあげることができるのはマイノリティ当事者だけではない。私たちはこの社会に居合わせた当事者として、この社会を毀損された時には声を持つことができるはずだ。

誰かに提供されるものでなく、勝ち取るものでもなく、誰しもが存在できることを「普通の社会」として守っていくために、自分の場所から声を発し参加することが何よりも大事だと私は考えている。社会をガラリと変える一発逆転のビジョンは、そんな日常には絶対に勝てないからだ。

すぐそこにある未来、ではない。すでにいま、ここに全員が生きている。

それが、私たちがより良い社会を考える唯一の理由だろう。

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