46億年気候大変動のからくり

古気候復元と物理シミュレーションで謎を解き明かす
大河内 直彦 プロフィール

気候変動を解明する2つの方法論

両者の関係を厳密に証明できないのは、気候が多数の要素が入り組んだきわめて複雑なシステムだからに他ならない。複雑なシステムを精度よく理解するために高速コンピューターを用いた精緻なシミュレーションが用いられる。しかし、それとて限界がある。現代科学の最先端ツールのひとつを用いても、この複雑な現象を厳密に理解することは一筋縄ではない。

しかし、科学にはふつう多様なアプローチがあるものだ。気候変動の研究で言えば、直接的に解を求めようとする上述の研究に補助線を引く方法が2つある。気候変動のからくりを物質的に理解することと、過去の気候変動を知ることである。

前者は、炭素をはじめとする物質循環研究も、気候変動を理解するのに役立つ切り口というものである。なぜなら、気候変動という現象を科学という「鍋」の中で煮詰めていけば、究極的に物質あるいは元素の時空間分布の問題に行き着くからである。

例えば温暖化ガスの代表ともいえる二酸化炭素を例に取ってみよう。もともと炭化水素という形で地中にあったものが、人類の手によって二酸化炭素に姿を変えられて毎年大量に大気に移動し、その一部は海に溶け込んでいく。各々の海域で、いったいどの程度のスピードで溶けていくのか? そのうちどの程度が光合成によって有機物に変わり、その中のどれだけがマリンスノーとなって深海にまで運ばれるのか? 化石燃料の燃焼による二酸化炭素の排出に関わるこの一件を考えただけでも、多分野にわたる深い知見が必要である。

【図】現在の地球の炭素貯蔵庫
  現在の地球の炭素貯蔵庫 数字はそれぞれのレザボアでの炭素の貯蓄量をギガトンで表している。矢印の隣のかぎ括弧の中の数字はそれらが年間どれだけ移動しているかを示す。海洋の中深層は大気の40倍以上のサイズがあることがわかる 『地球46億年気候大変動』より

それらは海水の移流や拡散といった物理プロセスであり、鉱物の沈殿や溶解といった化学プロセスであり、さらには微生物による有機物の合成や分解といった生物プロセスである。もちろん、こういった詳細なプロセスは気候シミュレーションに組み込まれつつあるものの、プロセスの研究自体にまだ発展途上のものも多々あるし、そもそも地球上で起きていること、特に生物に関わるプロセスにはまだ知られていないことも多い。

マリンスノー:海雪ともいう。肉眼で観察可能な海中懸濁物。正体は不明な点が多いが、ケイ藻など植物性プランクトンの死んだ細胞、死にかかった細胞、分解過程にある細胞物質が機械的に結合したものと推定される。海中で白い粒子が雪のように見えるのでこの名がある。

古気候研究が描く輝ける補助線

そして後者、つまり過去の気候変動を知ることも前者に負けず劣らず重要な位置を占めている。気候はずっと一定だったわけではなく、かつて様々な理由で変動してきた。そんな実際に起きたことからヒントを得ようというわけである。

過去の気候を復元しようという研究はそれ自身、長い歴史をもつ研究テーマである。元はと言えば、地球が誕生して以来46億年もの間、地球がどんな星として過ごしてきたのか? お隣の惑星である火星や金星となぜこうも違うのか? 恐竜のような生き物がかつてなぜ繁栄し、突然その姿を消したのか? 過去数万年間の人類の発展は気候変動によって駆動されてきたのか? そんな純粋に科学的な動機付けによって成り立ってきた研究分野だった。

しかし1980年代に地球温暖化問題と結びつき、この研究テーマは大きく衣替えした。私たちの将来を予測するという重要なミッションの一部を背負ったのである。

特にグリーンランドや南極大陸を覆う氷床(名前の通り、板のように薄く広がった氷の塊)をボーリングすることによって得られる氷床コアは、これまで貴重な情報を提供してきた。実際にグリーンランドの氷床コア中から、わずか50年ほどの間に6℃も気温が上昇するという一例がかつて報告された時、研究者たちは目を疑った。ある条件を満たせば、気候がことのほか変化しやすいことを目の当たりにしたからである。

一方、海の記録者である海底堆積物の貢献も見逃せない。それは多くの場合、1年間にわずか1ミリメートルの10分の1にも満たないスピードでゆっくり積もっている。私たち時間感覚に比べ桁違いにゆっくり時間が流れる場の記録だから、日々の細かい変動どころか、年々の気候の記録も到底望めそうもない。

そんな記録とはいえ、そこから海の変化が引き金となって起きる気候変動のからくりが明らかにされてきた。2004年に封切られた映画『デイ・アフター・トゥモロー』は脚色されすぎにしても、そういった研究の一面を知るのには役立つだろう。

過去の気候を明らかにする研究はふつう再現実験が不可能であり、厳密な意味で「科学」としての条件を一部満たしていない(最近は高速コンピューターによる再現実験が可能になりつつあるが、それも地域的なスケールにまでスケールダウンするとなると、問題が顕在化してくる)。それにも関わらず、過去の気候を復元する研究は、気候変動という現象を考えるうえでの基本スタンスのみならず、貴重なヒントを長年提供し続けてきた。まさに輝ける補助線である。

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