9月5日、引退を発表した新井貴浩

新井貴浩が二千本打者になれた理由~先輩捕手が見た「辛いさん」の軌跡

プロからみたこんなに単純だった
新井貴浩、41歳。「辛いさん」のニックネームでファンに親しまれる(?)男が、今季、現役生活に終止符をうち、引退を決めた。1999年から20シーズンでの成績は、通算打率2割7分8厘、2203安打、319本塁打。本塁打王1回(2005年)、打点王1回(2011年)、最優秀選手1回(2016年)、ゴールデングラブ賞1回(2008年)。安打数では歴代20位という見事な成績を残した新井だが、入団時は、「プロに入れるレベルの選手ではなかった」という。そんなダメ選手が、厳しいプロの世界でいかにして20年も生き残ってこられたのだろうか。
 

猛練習でも壊れない頑丈な身体

入団当時の新井(貴浩)は、今よりひょろっとして、背は高かった(189cm)けど、ずいぶん細かったですからね。

バッティングでは、遠くに飛ばしそうな気配はあっても、全然ボールに当たらない。守備はまったくプロのレベルじゃない。ホントに、こんなんでよくプロに入れたなってレベルの選手でしたよ。

当時のカープには、新井の母校である駒沢大学OBの大下剛さんがヘッドコーチ、野村謙二郎さんが中心選手でいましたからね。この2人が、「ドラフト外でもいいですから、なんとか穫ったってください」って言えば、なんとかせざるを得ないでしょ。あの頃は結構あったんですよ、そういうことが。

新井が入って来たとき、金本とか僕らがしょっちゅうからかってましたよ。「プロ野球界広しといえども、コネで入って来たのはおまえくらいや。完全に裏口入団や。契約金も逆におまえが払ったゆう噂やぞ」って。

駒沢大学の大田誠監督は、「身体は丈夫だから少々きつい練習をさせても壊れることはない。カープでがんがん練習させてくれ。ひょっとしたらものになるかもしれん」と言ったそうですよ。

それで、入団してからは、これでもかっていうくらいきつい練習させられてました。

今でも、決してうまいという選手ではありませんが、そのおかげで、入団してきた当初から比べたら、雲泥の差というくらいうまくなりました。プロに入ってから成長した選手の典型的な例です。

入団当初は、振っても振ってもボールに当たらなかった選手が、2000本もヒットを打った訳ですからね、僕らも、もうけなすことはできませんよ。

レベルに達してない選手のレベルを上げようとしたら、ほかの選手よりきつい練習になるのは当然です。それに耐えられるだけの頑丈な身体を持っていたというのが、新井のすごさでしょう。彼を鍛えに鍛えた大下さんも言ってました。「新井はあれだけ丈夫に産んでくれた親に感謝せにゃならん」と。

新井が、これだけの成績を上げられた第一の理由は、親が与えてくれた、あの頑丈さです。