98歳認知症おばあちゃんの死が教えてくれた「生産性至上主義」の愚

文化を捨てて孤独を選ぶのか…?
小野 美由紀 プロフィール

不安より怖い深夜の老婆

そのころ私は仕事を辞めたばかりで、ひたすらデビュー作の原稿を書く日々だった。著作が一冊もない書き手など、無職となんら変わりない。自らが何かを生産している手応えも、社会経済に貢献している実感もなく辛かった。夜に布団に入ると天井から不安が黒い津波のように押し寄せてきて寝付けなかった。

ある日の深夜、不安が爆発してパニックになり寝間着のままマンションの一階に飛び出した。電気のつかないエントランスで危うく誰かとぶつかりそうになり私は息を飲んだ。

 

例のババアだった。顔はファンデーションで真っ白に塗られ、一張羅の黒いドレスで身を包んでいる。頭の中で渦巻く不安より、闇に浮き上がるめかし込んだ老婆の方が数倍怖い。彼女は私を見ると目をパチクリさせてこう言った。

「ねぇ、おかしいのよ。平日なのにどっこのお店もやってないの。みんなどうしたのかしら」
「……おばあちゃん、午前3時だからだよ。おうちに帰ろう」
「あらそうお、でもおとうさんはね毎日お店を開けているのよ、おかしいの」

〔PHOTO〕iStock

動こうとしないばあさんの、仕方なく手を引いて近所のコンビニまで歩いた。ここのコンビニの店長はいつ寝ているのかと不思議に思うほどいつ行ってもレジにいる。

たまにいない時には向かいのモスバーガーのレジに立ってたりして、シェアハウスの住人たちの間ではサイボーグだとか、クローンだとか、実は双子だとか噂されていた。

店長は私たち二人を見て、おや、という顔をした。これまで街の不純物でしかなかった赤の他人3人に文脈が生まれた瞬間。ファミチキと野菜ジュースを買い、袋を手に提げおばあちゃんを家まで送り届けた。

9階にエレベータがつく。向かいの家のドアの隙間から、柔らかなオレンジ色の光が漏れていた。彼女が今夜、とりあえずは人の温もりのある場所で眠りに落ちることを想像し、手を振ってにこやかに別れた。

いつのまにか不安は消えていた。

翌朝、マンションの一階でおばあちゃんの息子に会った。このマンションのオーナーである。

介護生活で疲弊しているのだろう、目の下には深いクマが刻まれ、眉間は縦に長い長いシワ。少し迷ったが、意を決して昨晩のことを話した。途端に顔色が変わり、平謝りに謝られた。

慌てて「あのう、私たち、全然気にしてないんです。おばあちゃんが来ても平気だし、迷惑じゃないんで、戸締りとか気をつける必要ないです」と告げた。

彼は私たちシェアハウスの住人たちのことを良く思っていない節があったが、その日から私たちへの態度は軟化した。

そのうち季節は変わり、おばあちゃんは来なくなった。私たちも私たち自身の生活で忙しく、そういえばおばあちゃん来ないねえ、なんて会話をする暇すらもなく、日々を過ごしていた。