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金正日「生誕の地」で垣間見た「北朝鮮のカギを握るはロシア」の現実

尊重の意思がいたるところに

「一番多いのは中国人」

東西に長い国土を持つロシアは、「ロシア連邦」の国名からも分かる通り、行政区分では46州、9地方、3市、22共和国、1自治州、4自治管区の合計85自治体からなる連邦制国家である。

国家面積としても世界最大の同国は国内で最大で7時間の時差があるが、極東ロシアと日本との時差はたったの1時間だ。

その極東ロシアの中心都市で人口60万人弱を抱える「ハバロフスク」と「日本」との関係は決して浅くはない。

 

1918年、ロシア革命への干渉を目的に日本はイギリス、アメリカ、カナダ、フランス、イタリア、中華民国(現・中国)などとともにロシア領に派兵し、その際にハバロフスクを占領している。これが、世に言う「シベリア出兵」である。

他国の兵力が数千人規模だったのに対し、日本は延べ7万人超の兵力を投入。しかし、最終的にはほとんど得るものがなく1922年に撤兵し、後の総理大臣・加藤高明をして「外交上稀に見る失政の歴史」と言わしめた。

そして第二次世界大戦後には、戦中の満州(中国東北部)で生物兵器開発などを目的に捕虜を用いて人体実験をしていた関東軍防疫給水部(通称731部隊)の隊員の一部が、この地で開かれた軍事裁判(ハバロフスク裁判)で裁かれている。

現在、ハバロフスクへは成田からの直行便が就航している。もっとも現地の日本語通訳によると、「日本人の観光客はそれほど多くなく、一番多い観光客は中国人」という。

中国は、ハバロフスクを流れるアムール川を挟んで約30kmという近さだ。旧ソ連時代、ソ連と中国はアムール川支流のウスリー川にある中洲の島・ダマンスキー島(中国名・珍宝島)の領有権を巡って軍事衝突している。

ハバロフスクと目と鼻の先にあるタラバーロフ島(中国語名:銀龍島)と大ウスリー島(中国語名:黒瞎子島)も両国が領有権を主張して対立していた。ソ連の後継となったロシアとの間でも領有権問題は継続していたが、2004年までに国境画定作業が終結。この結果、中国との往来も活発になった。

実際、ハバロフスクの市街地を歩いていると、大きな買い物袋を提げた中国語を話す面々を数多く見かける。通訳は流暢な日本語で「来日中国人と同じで、要は爆買い目的ですよ。爆買い」と笑いながら話した。

北朝鮮と極東ロシアの切れない宿命

そんな極東ロシアと縁深い国の1つが北朝鮮だ。同国のフラッグ・キャリアである高麗航空の定期国際便は中国の北京、瀋陽のほかは、極東ロシアでハバロフスクと並ぶ代表都市・ウラジオストクにしか飛んでいない。しかし、ウラジオストク以上に北朝鮮にとって切っても切れない縁があるのがハバロフスクの方である。

金正日の出生地であるハバロフスク郊外のヴャツコエ村の入口(撮影:村上和巳)

7月下旬、私はハバロフスクから北東約70km、アムール川流域に位置するシカチ・アリャン村を訪ねた。この村はツングース系の少数民族・ナナイ人が集住する。ナナイ人は白人系のロシア人とは違い、日本人のようなアジア系の顔立ちである。

シカチ・アリャン村ではアムール川での漁業を生業にし、シャーマニズム信仰を持つという独自の背景を持つナナイ人の生活の一部を観光客向けに解放している。ナナイ人の男性とアムール川を見ながら、私は、「一番近い他の集落まではどれくらい離れているの?」と尋ねた。

男性は「ああ、車でざっと1時間くらいかな。ビャツコエ村だよ。あの金正日が生まれた村さ」と言いながら、ゲラゲラと笑った。