社員は猛反発…「生理用ナプキン」で成功を収めた男性起業家の人生

自分の痔にもナプキン
田中 ひかる プロフィール

「3K」を改善し「尊厳」を重んじる

花王が生理用品市場に参入した1978年、ユニ・チャームは初の減収減益となる。

市場の飽和を予見した高原は、ナプキンの開発で培った不織布や吸収体の技術を生かして、使い捨ておむつの製造、販売に乗り出そうとする。当時、使い捨ておむつ市場の9割をP&Gが占めていた。

ユニ・チャームは、P&Gのおむつとの差別化を図るため、日本の布おむつにヒントを得た立体型おむつを製造し、1981年に北陸地方で発売、翌年全国展開した。

すると予想以上の好評を博し、1983にはP&Gのシェアを抜いてしまった。しかし今度は、P&Gが生理用品市場に、花王がおむつ市場に参入、再び減収減益を喫する。

巨大企業と競うためには、品質の向上以外にないと考えた高原は、開発に力を入れた。一年後、ユニ・チャームはギャザーを利用して通気性を高め、厚みはそのままに吸収力を3倍増した(同社比)新製品を発売。爆発的な売れ行きで、増収増益を回復した。

 

高原の次なる課題は、大人用おむつの開発だった。

赤ちゃんだったら、母親がおしっこやうんちを見て健康状態を確認したり成長の過程を楽しんだりする寛容さがあるが、大人用は切実だ。漏れるとお世話する側の手間が増えてしまう。漏らした本人は自尊心が傷つく。同じ紙おむつだが、現場は趣を異にする。(中略)大人用の開発はビジネスというより使命感と起業家のロマンに近い感覚を持っていた。「下の世話にはなりたくない」という言葉があるように人間の尊厳にかかわるところだ。(4)

こうして1987年、ユニ・チャームは大人用おむつ市場に本格参入を果たす。

その後、おむつの中に重ねて付けることで、おむつの交換回数を減らすことができる「尿取りパッド」、自分で履くことにより身体を動かすことになる「リハビリパンツ」など、介護する側される側、双方をサポートする商品開発を行った。

ユニ・チャーム公式サイトより

「リハビリパンツ」発売の同年、トーヨー衛材株式会社(現リブドゥコーポレーション)も、大人用のパンツ型おむつを発売。

ユニ・チャーム、リブドゥコーポレーション同様、紙産業が盛んな四国に拠点を置く株式会社近澤製紙所も早い時期からナプキン、そして大人用おむつの開発を行ってきた。

また、大人用おむつ専業メーカーに、株式会社光洋がある。これら企業の堅実な活動が、製品を向上させ、介護現場を支えてきた。

今日、環境への配慮から「使い捨て」に対する風当たりが強くなっている。

しかし「人間の尊厳」にかかわる排泄の問題を直視し、「3K(きつい、汚い、臭い)」と言われる介護現場の負担を軽減しようとする大人用おむつの進化は、誰もが望むところではないだろうか。

「拭く(吸収する)」技術で、アンネ社なきあと生理用ナプキンの発展を牽引し、大人用おむつの開発により介護現場に貢献した高原慶一朗。「のちには十分にみせつけた」人生であった。

【参考文献】
高原慶一朗「私の履歴書」『日本経済新聞』、『日本会社史総覧(上巻)』東洋経済新報社、ユニ・チャーム提供の資料。(1)~(4)は「私の履歴書」からの引用。