社員は猛反発…「生理用ナプキン」で成功を収めた男性起業家の人生

自分の痔にもナプキン
田中 ひかる プロフィール

生理用ナプキンの発売以前、日本の女性たちはおもに、脱脂綿を使って経血を処置していた。生理は「穢れ」「恥ずべきもの」であり、生理用品は人目に触れてはならないものだった。

高原はアメリカ滞在中に、生理用品をボストンバッグいっぱいに買い込んだ。帰国時には、生理用品事業を始めることを決意していた。

しかし、社員たちからは「生理用品の会社に入った覚えはない」と猛反発を食らった。

川之江の閉鎖した映画館を買い取って工場に改造し、「ポン抜きプレス」で幾層もの紙を同じ形に打ち抜いてみたものの、紙を密着させる技術がなく、試行錯誤を繰り返した。

〔PHOTO〕iStock

「私もしてます」――痔にナプキン

高原は試作品を自宅へ持ち帰り、水に濡らして股間に当てて寝たこともあった。伝説的存在であるアンネ社のPR課長、渡紀彦も、ゴム製の月経帯を穿いて銀座を歩いてみたり、一晩ベッドで寝てみたりしていた。生理用ナプキンの普及に努めたこの2人は、言動に共通点が多い。

ナプキンの製品化を進めつつ、高原は社員の説得に当たった。

みんなの前でこう言った。「気持ちがわからんでもない。しかし、こっちが恥ずかしいと思ったら買う女性はもっと恥ずかしいのと違うか。そんないわれのない社会通念や古い意識を変える時や。女性に生理があるのは当たり前のことや」。自らを奮い立たせる意味もあった。「だから、いっしょに頑張ろうやないか。ナンバーワンになろう」。(2)
 

1963(昭和38)年、高原を含む7人の社員が、試作品を持って宇高連絡線で本州に渡り、山陽と山陰の2チームに分かれて営業を行った。中国地方ではまだ、アンネ社の製品が普及していなかったためである。

各駅停車に乗り、駅に降りては電話帳で周辺の小売店、問屋を調べ、営業して回った。「そんなにいい商品ですか」と尋ねられると、高原は「私も使ってます」と笑顔で答えた。

高原は痔に悩んでおり、ナプキンには痛みを和らげる効果があった。