『スカッとジャパン』ネタを生む「無料すぎるサービス」やめませんか

見えるサービスも見えないものも
雨宮 紫苑 プロフィール

日本では「無償提供」しすぎ?

ではなぜ日本には、サービスを強盗する人がいて、されてしまう人がいるのか。それは、日本がサービスを無償提供しすぎているからだと思う。

まず物理的サービスについて。これはもう、明らかに過剰である。さんざんスーパーの袋有料化が騒がれたのに、いまでもコンビニをはじめとした多くの小売店では、ビニール袋を無料でバラまいている。ケーキ1つに保冷剤付きの質のいい箱をつける。

ちなみにわたしが住んでいるドイツでは、袋は基本的に有料だ。それなりのショップにいけば質のいい紙袋をつけてくれるが、そうでなければ服屋ですら袋をつけないのが一般的である。

ケーキに関していえば、もっとひどい。紙皿にケーキを乗せ、和紙のようなものをふんわりかぶせ、紙皿の下にセロテープで貼るだけ。保冷剤や氷なんてものもないから、欲しければスーパーで購入するしかない。

もしドイツに日本のような『ケーキお持ち帰り箱&保冷剤セット』があれば、3ユーロ追加で払ってでもお願いしたい。

そう思っているわたしからすれば、無料できっちりとケーキを包装するサービスの垂れ流しは、「そのサービス売れるよ!?」と思ってしまうほど価値のあるものなのだ。

 

「気遣い」に対価を払わない習慣

目に見えない気遣いサービスについて言えば、日本は客が基本的に対価を払えない、払わないことが問題なのではないだろうか。

ドイツをはじめ、多くの国にはチップ文化がある。『快適な時間』を提供してくれた人には、相場にさらに上乗せしたチップを払う。チップというのはいわば、心配りサービスの売買である。

そして「金払いのいい客」と認識されれば、店員からの扱いは明らかに良くなる。逆に、もし「日本人=チップを払わない」と認識されれば、その店では日本人相手にたいしたサービスをしなくなるかもしれない。

店側はサービス強盗なんてされたくないから、金を払ってくれるうえ行儀のいい客を選んでサービスをするのだ。

しかし日本では、心配りにカネを払うと無粋になるうえ、サービス業界が「客の選別をしよう」ではなく、「客をより特別扱いして差別化しよう」という方向に舵を切ってしまった。それにより、現在ではカネにならない気遣いサービスを追及し続けるという、なんとも言えない消耗戦にもつれ込んでいる。

「対人のサービス」そのものに価値があるはず

多くの先進国で人口減少が起こっている現在、丁寧な対人サービスはそれだけで高い価値がある。それを無料でバラまき、あまつさえ誇ってしまうのは、「とにかくもったいない」と思ってしまう。

もちろん、便利なのはいいことだし、細やかな心遣いに心が温まることもある。ただ、それがあまりにも高水準だから、「タダでもらえて当然」状態が残念なのだ。「それ、売れますよ? カネ取っていいレベルですよ……?」と言いたくなる。

無料に慣れている日本の客は、服屋で袋をもらえなかったり、ケーキに保冷剤をつけてもらえなかったりしたら、すぐに「なんで?」と不満に思うだろう。

しかしそれは本来有料の価値があるサービスなのだから、その付加価値を踏まえた値段を払っていない場所では、期待すべきではないんじゃないだろうか。それを期待し、ましてや要求してしまえば、それはサービス強盗だ。

セブンイレブンが袋の有料化検討を公表したことで賛否両論を呼んでいるが、それに反対の人は、相応の店で相応のカネを出してしっかりとサービスしてもらえばいいだけの話である。

サービスを売ることを考えて一部を有料化していけば、現場の負担も軽くなり、無償サービスの競争激化という消耗戦も多少は避けられるんじゃないだろうか。

たとえば、この記事で紹介されているオーシャントーキョーという美容院がある。若い男性がこぞって1万2000円ものカット料金を払うのは、「あの美容師に会いたいから」という理由だそうだ。

ディズニーランドが人気なのだって、アトラクションがありディズニーグッズが買えるからだけでなく、「楽しい時間を過ごせるから」だ。帝国ホテルに泊まる人がカプセルホテルに泊まらないのは、快適な部屋とサービスを求めるからである。『特別扱い』や『特別な時間』は、ちゃんと売れるのだ。強盗されちゃもったいない。

もちろん、たとえばJALやANA、高島屋だからって、「どんなわがままを言ってもいい」というわけではないということを、忘れてはならないのだけれど。