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SFの夢が実現しない21世紀...科学が「バラ色」でなくなった理由

科学技術とブルーバックスのあゆみ④
1960年代から現代まで一気に科学技術と科学書の歴史を追いかける好評連載、第4回はついに21世紀に突入! 訪れた科学の現実はどのようなものだったのか、今も残る名企画とともに紹介します。(前回はこちら

2001〜2005年(1315〜1503番)

お父さんの通勤は自家用飛行機で、お母さんの家事はロボットまかせ、子どもたちはテレビの中のコンピュータ先生の授業を受ける。街には空中歩道が張りめぐらされ、原子力ロケットで宇宙旅行に出かけるのもあたりまえ──。

空飛ぶバス1957年のイラスト Photo by Getty Images

ブルーバックスが創刊された1960年代、人々が思い描く21世紀の未来予想図は、たとえばこのようなものだった。「21世紀」という言葉には、それだけで科学技術の華々しい進歩を連想させる響きがあった。

では、現実の21世紀はどのように幕を開けたのだろうか。21世紀の「科学」は、ブルーバックスにはどのように映し出されているだろうか。

2001年1月、新世紀最初に刊行された5点のうちの一冊が、早くも21世紀のブルーバックスを代表する作品となった。

『記憶力を強くする』(B1315 池谷裕二)。

タクシーに乗って行き先を告げると、たいていの運転手は地図を見ずに車を走らせる。まるで頭の中に複雑な地図がすべて入っているように。

彼らの脳を解析してみると、ある部分が一般の人よりも大きく、しかもベテランの運転手ほどそれが顕著であった。

この驚くべき研究を出発点に、「記憶」を通して見えてくる脳の不思議をスリリングに抉りだし、「記憶は未来の自分に贈るメッセージです」という鮮烈な言葉で読者の心をつかむ池谷の筆力は、これが初めての一般向け書籍の執筆とは思えず、従来の理系書の文体の枠組みを超えていた。

同書は25万部を記録するベストセラーとなり、これは21世紀のブルーバックスでは最大部数である(2017年1月現在)。

以後も池谷は次々とヒット作を生み出し、20世紀の都筑卓司のように21世紀のブルーバックスを牽引する書き手となっていく。

もっとも、今世紀最大のヒットが今世紀最初の書目であることは、編集部にとって越えるべき「宿題」といえるのかもしれないが──。

もう一冊、同じ月に刊行された『科学者は神を信じられるか』(B1318 J・ポーキングホーン著 小野寺一清訳)は異色作である。「神」がタイトルになること自体、ブルーバックスとしては異例のことである。

著者のポーキングホーンは量子力学の創始者のひとりディラックに直接学んだ理論物理学者にして、英国国教会の司祭。科学と宗教は対立概念とみなされがちだが、彼はどちらかを排するのではなく「世界を理解するには科学と宗教のどちらも必要だ」と説く。

それは言い換えれば、科学だけでは世界は理解できない、ということである。かつて「科学万能時代」の代名詞だった21世紀の初頭に、このようなブルーバックスが出たことは暗示的ともいえる。

この年、9月10日には日本で初めてBSEを発症した牛が見つかって、いわゆる狂牛病騒動が起こり、人間が生命を弄んだ報いとの見方もされた。そして9月11日には、狂信的イスラム信徒たちによるアメリカ同時多発テロ事件が発生する。

いずれも「神と人間」という命題に直面せざるをえない事件だった。21世紀のはじまりは、かつて夢想されたバラ色ではなく、ややくすんだ、内省的な色合いを帯びていた。

世紀の変わり目は、出版界では各社がこぞって新書を創刊した時期でもあった。いわゆる「新書戦争」の勃発である。

しかし、洪水のように書店に並ぶそれらのタイトルも、多くが「内向き」だった。ベストセラーになるテーマは「私はどう生きたらよいか」という問いに答えるいわゆる「自己啓発もの」、もしくは「脳」がほとんどであり、つまり関心は自身の内側に向いていた。

ブルーバックスでの池谷のブレイクも、そうした風潮の中で説得力ある「脳」が語られていたからかもしれない。

だがブルーバックスは02年、往年の都筑卓司の一連の著作6点を新装版として次々に刊行し、存在感を示した。『四次元の世界(新装版)』(B1380)、『マックスウェルの悪魔(新装版)』(B1384)、『不確定性原理(新装版)』(B1385)、『タイムマシンの話(新装版)』(B1388)など、いずれも未知の世界への好奇心をかきたてるという意味で、新書らしい新書である。

これらとの出会いによって科学を志したという研究者の声も、実によく耳にするところである。

この年には、ブルーバックスの新たな「定番」となるシリーズも根づきはじめている。『高校数学でわかるマクスウェル方程式』(B1383)の竹内淳は、このあと『高校数学でわかるシュレディンガー方程式』(B1470)、『高校数学でわかる半導体の原理』(B1545)、『高校数学でわかるボルツマンの原理』(B1620)、『高校数学でわかるフーリエ変換』(B1657)など、9冊もの「高校数学でわかる」シリーズでヒット作を連発し、ブルーバックスになくてはならない柱となった。

また、藤沢晃治の「分かりやすい」シリーズの2作目『「分かりやすい説明」の技術』(B1387)は21万部を売り上げ、同シリーズの最高部数を記録、人気を不動のものとした。