つくば科学万博 Photo by Getty Images

ノーベル賞受賞者と新書シリーズとの「交わり」が始まったきっかけ

科学技術とブルーバックスのあゆみ②
大反響の発掘連載、第2回は「平成」の始まりをまたいだ13年間のサイエンス事情を紹介。「ノーベル賞」をタテ筋に、激変の時代とブルーバックスの名著を解説します。
※連載第1回はこちらからどうぞ!

1982〜1994年(485〜1046番)

ワトソンとクリックによってDNAの二重らせん構造が解明されたのが1953年。その後、生命現象を分子レベルで研究する分子生物学が世界の潮流となり、遺伝の仕組みが解明され始める。

70年代に入ると遺伝子組換え技術など遺伝子工学が発展し、バイオテクノロジーという言葉も生まれた。

80年代には、生命の究極に分け入り始めた科学の新しい発見や技術の進歩が、新聞やテレビで頻繁に紹介されるようになった。

そうしたなかにあって登場したのが、分子遺伝学の最新の知見を紹介した82年刊行の『遺伝子についての50の基礎知識』(B504 川上正也)、そして「生命の設計図」であるDNAについて網羅的に解説した84年刊行の『DNA学のすすめ』(B582 柳田充弘)だ。

前者の前書きには「ここ数年間に進歩した遺伝子科学は、私たちの思想に重要な問いかけをはじめているし、遺伝子操作技術も、人間の生活を少なからず変更させる可能性を秘めている。このような時期にあって、私たちは遺伝子科学の功罪を冷静に判断し、その進路を考えていかなければならなくなった」とある。

遺伝子についての50の基礎知識

クローン動物、遺伝子組換え作物、デザイナーベイビー、遺伝子治療など、将来の可能性と問題にいち早く言及していた。この2冊が、今ではブルーバックスの柱のひとつとなる分子生物学分野の端緒となった。

分子レベルで生命の謎を探る──新たな時代の生命科学の魅力に世の人々が注目するようになった大きなきっかけのひとつが、87年12月の、利根川進によるノーベル生理学・医学賞受賞であった。

利根川進利根川進(左、1987年撮影) Photo by Getty Images

きわめて多岐にわたる抗原に対し、多様な抗体遺伝子が体内で再構成される理論の実証によって、遺伝学や免疫学の進展に貢献したその成果の一端は、同年3月に刊行されていた『免疫とはなにか』(B681 野本亀久雄)でも紹介されており、同書はまたたく間に10万部を超えるベストセラーとなった。

生命科学への人々の関心は、やがて脳へと広がりを見せる。85年刊行の『脳の手帖』(B605 久保田競ほか)は、今日までつづく脳ブームのさきがけとなった一冊だ。

この年には、科学技術をテーマとするつくば科学万博(国際科学技術博覧会)が開かれた。講談社もパビリオンを出展し、その愛称は「講談社ブレインハウス」。人間の脳の100万倍というスケールで作った円筒形の建物の天井には、ニューロンを模してLEDやグラスファイバーなどをはりめぐらし、来場者がさながら脳内探検ができるような趣向を凝らした。

講談社ブレインハウスPhoto by Getty Images

脳への関心の高まりを如実に示したのが、翻訳書としてはシリーズ初の上下2巻構成で87年に登場した、カラー版『脳の探検(上下)』(B699、700 F・E・ブルーム他著 久保田競監訳)である。上下巻あわせて600ページを超える大部が、累計14万部を突破するベストセラーとなった。

2004年には、改訂版にあたる『新・脳の探検(上下)』(B1431、1432 中村克樹/久保田競監訳)も刊行されている。

80年代に分子生物学の輝かしい成果を示した利根川が、のちに脳科学の世界へと転身した事実も興味深い。その利根川とブルーバックスとの出会いは、通巻2000番を目前に控えた2016年末に、脳をテーマとした書目で訪れる。