1963年、ブルーバックスの創刊第1冊目『人工頭脳時代』その中身

科学技術とブルーバックスのあゆみ①
ブルーバックス編集部 プロフィール

1969年7月20日(日本時間7月21日)に「静かの海」に着陸、2人の宇宙飛行士が月面に降りる様子はNHKで衛星生中継され、日本中がテレビ画面に釘付けになった。

71年にはソ連の火星探査機マルス2号が火星に到達(衝突したとされる)、72年には米国の木星探査機パイオニア10号が打ち上げられ、76年にはバイキング1号が火星着陸を果たし、人類は初めて火星の風景を見ることになる。

日本では、70年に東京大学宇宙航空研究所によって、初の国産人工衛星「おおすみ」が打ち上げられ、延べ入場者数が6400万人を超えた大阪万博(日本万国博覧会)が開催される。人気パビリオンのひとつであったアメリカ館では、アポロ12号の持ち帰った「月の石」を見るために長蛇の列ができ、一方、ソ連館でも展示の目玉はソユーズなどの宇宙船。当時の冷戦下における米ソの激しい宇宙開発競争を表すかのような光景だった。

74年には宇宙戦争を舞台にしたテレビアニメ「宇宙戦艦ヤマト」が放送を開始。松本零士のイラストが表紙を飾った『相対論的宇宙論』(B241 佐藤文隆/松田卓也)(2003年『新装版 相対論的宇宙論』(B1425)として復刊)が刊行されたのもこの年だ。

相対論的宇宙論

科学技術の進歩によって、宇宙の存在が身近に感じられるようになり、宇宙論が科学書の定番テーマのひとつとなっていく。

当時の読者の宇宙への関心の高さをもっとも表したのは『ブラック・ホール』(B260 ジョン・テイラー著 渡辺正訳)だろう。発売半年で45万部を突破し、最終的に累計部数歴代2位となる63万部のベストセラーとなった。

装幀カバーに記された内容紹介文には「宇宙の暗い落し穴」「宇宙は刻一刻ブラック・ホールに占領され」とあり、物質どころか光さえ脱出することができない強い重力を持つ天体ブラックホールは、当時はまだ理論的に予想されるだけで観測はされていなかったものの、人々の興味を駆り立てるには十分な宇宙の不思議のひとつであった。

70年代はまた、コンピュータが身近になりはじめた時代でもあった。コンピュータと言えば、まだIBMや日立のマシンがビルのワンフロアを占領するようななかにあって、個人向けの卓上コンピュータが登場する。パソコンという言葉はまだなく、マイクロコンピュータを略したマイコンという名称で呼ばれていた。

75年にはマイクロソフトが、76年にはアップルコンピュータが相次いで設立され、「大型計算機から個人で使うコンピュータへ」という考え方が生まれる。

『マイ・コンピュータ入門』(B313 安田寿明)は、そんな時代の流れの中で生まれたベストセラーだ。「コンピュータはあなたにもつくれる」というサブタイトルで、自分用コンピュータの組み立てを提案、発売半年で17万部を記録した。

81年、ブルーバックスの名著のひとつといえる『クォーク』(B480)が刊行される(1998年『クォーク 第2版』(B1205)として復刊)。著者は、2008年に「自発的対称性の破れ」の理論などで、小林誠、益川敏英とともにノーベル物理学賞を受賞することになる南部陽一郎。

「10年後の物理を知りたければ南部の論文を読め」と言われるほど多くの素粒子理論のおおもとになる業績を上げてきた著者が、素粒子物理学の発展をたどりながらそのエッセンスを解説している。「まえがき」から一部分を抜粋しよう。

「陽子や中間子はもはや素粒子ではなく、その代わりにクォークが登場しました。そればかりでなく、今まで関係のないものと見なされていた各種の力も統一される可能性が生まれました。さらにおどろくべきことは、極大の世界である宇宙全体の歴史が極小の世界の問題と切りはなせなくなったことです」

力の統一、宇宙の根源と素粒子。このテーマは、その後ブルーバックスの物理分野の大きな柱となっていく。
次回「1982〜1994年(485〜1046番)」はこちらからどうぞ!