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独占告白 ノーベル賞Dr.本庶は、我らの「センセイ」でもあった

オプジーボ開発を支えた米国博士の証言

本庶氏と12年にわたり共同研究する科学者

2018年のノーベル生理学・医学賞は、京都大学の本庶佑特別教授ら2人に授与されることが決まった。

本庶氏が発見したのは「PD-1」といわれる分子。通常、体内では免疫が働き、がん細胞などを攻撃するのだが、その免疫の働きを抑制する「ブレーキ」役も存在する。これがPD-1だ。

ブレーキの発見によって、逆にPD-1の働きを抑制することで免疫を活性化し、がん細胞を攻撃する「免疫療法」が確立された。

 

その仕組みを応用した薬の第1号は、2014年に日本で発売された「オプジーボ」。小野薬品工業とアメリカの製薬大手ブリストル・マイヤーズスクイブ(BMS)が共同開発の末、生み出した希望の薬だ。

しかし、オプジーボ開発までの道のりは決して平坦ではなかった。治験のための共同研究を持ちかけながら、日本中の大手製薬会社で手を挙げるものはなかなか現れなかったのだ。

苦境に陥った本庶氏と、最初に手を組んだのが、本庶氏が「古くからの友人」と呼ぶニルス・ロンバーグ博士。当時、米医薬ベンチャー・メダレックス社のサイエンス・ディレクターを務めていたニルス氏(現在はBMSの腫瘍ディスカバリー部門上級副社長)に、本庶氏とオプジーボ開発までの話を訊いた。

  ニルス・ロンバーグ博士。BMSのツイッターより

大手製薬会社の方向性を一変させた

私がDr.本庶と知り合ったのは1992年、彼の研究室が「PD-1」を発見した頃です。私たちメダレックスがニボルマブ(商品名:オプジーボ)の研究に関わる、はるか前のことです。

彼は体内の免疫システムがどのように抗体を作り、機能を果たしているのか、そのメカニズムの研究をしていて、すでに多大な貢献を果たしていました。

私たちがニボルマブの治験を開始したのは2006年。当時はまだ日本だけではなく、ヨーロッパの企業も、免疫療法の創薬には懐疑的でした。