家電の謎機能と謎スイッチ、なぜ増える? 考察したら怖いことに…

東大教授にお題エッセイを頼んでみた
佐倉 統 プロフィール

この連載の第1回でも触れたように、昨今、自分にとって都合のよい情報だけを集めてその中に閉じこもるフィルターバブル現象が話題になっているが、これはまさに、ネット情報が細分化と断片化を繰り返していくことに他ならない【イーライ・パリサー『フィルターバブル インターネットが隠していること』ハヤカワ文庫NF、早川書房、2016】

そしてこれは、ネット環境における「種(しゅ)」の進化に他ならないのである。進化が進歩とは限らないことの、典型的な例かもしれない。

 

メリット不明の「過大評価」

さらに悪いことに、フィルターバブルを強化する心理的メカニズムが人間には備わっている。1990年代にアメリカの心理学者が発見した、ダニング=クルーガー効果である【Kruger, J. and Dunning, D. (1999) Unskilled and unaware of it: how difficulties in recognizing one's own incompetence lead to inflated self-assessments. Journal of Personality and Social Psychology 77(6), 1121-1134; 】

ひとことでいえば、テストの客観的な成績と主観的な成績の間には負の相関がある。

成績の良い人は自分のことをさほど高く評価しないが、成績の悪い人ほど自分は出来が良いと思うのである。これは、自分の状態を客観的に評価したり俯瞰的に把握したりすることができないからだと考えられている【こちらも参照→池谷裕二「なぜ能力の低い人ほど自分を「過大評価」するのか」

人の認知のバイアスは、一見すると弊害が多いように思えるが、よく調べるとメリットもあって、なんらかの適応的な理由で進化してきたと考えられることも少なくない。

だけど、ダニング=クルーガー効果にどのようなメリットがあるのかは、よくわからない。少なくとも、そういう研究例はないようだ。

ひょっとするとこれには適応的な理由はなくて、大した不都合もないからそのままになっている、進化上の「バグ」みたいなものなのかもしれない。

「バグ」が無限増殖する構造

そもそもぼくらホモ・サピエンスは、数十万年〜数万年前という時間をかけて進化してきた生き物だ。

御先祖さまたちが暮していたのは、今みたいにたくさんの情報があふれている環境ではなかった。彼ら/彼女らにとって、こんなにたくさんの、自分たちでは処理できないほどの情報に取り組む必要なんかなかったのである。

中には、多少認知処理能力が低かったり、偏った判断をしたりする者がいたかもしれないが、そもそも対処すべき情報量が少ないから、さほどの問題は生じなかったのかもしれず、だとすればその程度の能力不足は積極的に淘汰されることなく残ってきたのではないか。

それに、数万年前の人類の社会(共同体)は、みな顔見知りの者たちばかり、数十人から100人ぐらいで成り立っていた。その中で「あいつ」が大局的判断や客観的判断が苦手だということは、村のみんなが知っている。そんな「あいつ」の判断や意見は、村で何かを決めるときには、あまり重視されないだろう。

でも、当の彼/彼女がひそかに、「オレ/ワタシの考えだって捨てたもんじゃないと思うんだけどな……」と自負できるなら、その方が精神的ストレスは軽くなるだろう。その程度の「おごり」は、さほど大きな弊害にはならなかったに違いない。

つまり、人類進化史上のほとんどの期間、ダニング=クルーガー効果はさほど大きな害悪にはならず、それが社会的に問題になるような状況は、ごく最近になって生じてきたのではないかとも考えられる。

そして、インターネットは確実にこの状況を悪い方向に加速させる【ウィリアム・パウンドストーン『クラウド時代の思考術 Googleが教えてくれないただひとつのこと』青土社、2017】

どんなに成績の悪い人でも、ネットを使えばお手軽に検索することができる。ネット上には、客観的には妥当でなかったり、間違っていたりする判断であっても、同じような意見や感想は、いくらでも見つかる。

じゃんじゃん検索して、そういう不適切な情報をたくさん集めれば、「自分はこれだけ調べて勉強した。自分の意見はやはり正しい!」という確証が構築されてしまうのである。

ダニング=クルーガー効果という認知バイアスをもつひとりの人間の周りに、インターネットというフィルターバブル増幅環境が出現した。それが現在の情報化社会だ。

人の心に昔から棲んでいた小さな「虫(バグ)」は、ネットという新たな環境によって、ひょっとしたらとてつもなく巨大に成長して、社会を食いつぶしてしまうのだろうか。

無限に自己増殖し、自己強化していく情報の断片化。あの朝ぼくが消せなかったエアコンのオレンジ色のランプは、やっぱり不気味だった。杞憂であることを祈る。

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