「悲惨」が当たり前の相続で、最も揉めずに済んだ事例から学ぶべき事

新・争続(あらそうぞく)の現場から
江幡 吉昭 プロフィール

次女も三女も出てきたけれど

義人さんを養子に迎えて数年後、佐藤さんはこう考えました。「これで不動産の承継にはある程度めどがたった。しかし、自分の財産の贈与や、保有している不動産の処分や組み換えなどの資産管理は、自分と娘婿でやってきた。もし自分が呆けてしまったら義人に全権を委任することはできるのだろうか?」と。

つまり、自分が死ねば義人さんにすべてが渡るが、その前段階として認知症などが進んで判断能力がなくなった時は、どうなるのかを不安に感じたのです。

佐藤さんが私の元に相談に訪れたのはその直後でした。そして、我々が提案したのが、任意後見という「成年後見制度」の一種だったのです。

 

成年後見というと、一般的には「判断能力が鈍った親に付ける後見人」というイメージがあるでしょう。しかし成年後見の仕組みは、それだけではありません。

先のような判断能力が鈍った後(事後)は、法定後見という制度を利用しますが、「そうなる前」に利用する成年後見制度があり、それが今回の「任意後見」なのです。

任意後見を一言で言えば「意思能力が弱る前に自分がもし頭も元気ではなくなったら、任意後見人(例えば長男。ここでは義人さん)に代理権を与える。」というものです。

逆に言えば、「意思能力が弱るまで任意後見契約は発動しない」のです。頭の調子が鈍る前には何も起きない保険のようなもの、と言えばわかりやすいかも知れません。

佐藤さんにとっては、とりあえず今のうちに任意後見契約を作成しておくことで、元気で頭がしっかりしている間は、これまで通り自分と義理の息子で仕事を進め、将来自分が惚けてしまったときは義人さんに全権委任したという契約をしようと考えたわけです。

実はこの任意後見を考えるきっかけとなったのは、次女、三女がきっかけでした。

あるとき珍しく次女と三女が二人で昼間実家にやって来てこう言いました。

「お父さん、佐藤家はお姉さん夫婦が継ぐのはわかったけど、私たちはどの程度、財産をもらえるのかしら?」

この言葉を聞いた佐藤さんはこう考えました。

(あー、娘たちもそれなりに財産を与えないと私の死後にトラブルになるかも知れんな)

すでに遺言は準備していたのですが、養子に入れた長女の婿たちに財産の大部分を相続させようと思っていたので、遺言だけでは足りない、何かしらの形で意思表示をする必要がある。そこで、選んだのが任意後見だったというわけです。