「悲惨」が当たり前の相続で、最も揉めずに済んだ事例から学ぶべき事

新・争続(あらそうぞく)の現場から

だいたい揉めるもの

先日亡くなった作曲家の平尾氏の遺産を巡って「争続(あらそうぞく)」が大きな話題になっています。亡くなった方に対して失礼かも知れませんが、相続の専門家の立場から言わせていただけば、結局のところ「生前に適当な対策を取っていなかった」ことが今回の問題の根本にあったと言わざるを得ません。

そこで、今回は、多くの読者に相続で不要なもめ事になるのを回避していただくため、我々がアドバイスした中でも、最も揉めずに済んだ事例を紹介してみたいと思います。

80歳代の佐藤さんは、神奈川県の高級住宅街に住む地主です。

かつては「神奈川の僻地」などと呼ばれ方をしていた地域ですが、私鉄が通ったことで周辺一帯の地価は高騰、今では神奈川を代表する高級住宅街として「憧れの街」となりました。もともとは農家だった佐藤さんも、所有する土地にアパートやマンションを建てると順調に入居者が増え、今では県内でも有数の地主となっているのです。

そんな佐藤さんが後継問題について考えはじめたのは70歳を目前にしたときでした。佐藤さんには40代の長女、次女、三女がいますが、既に全員が嫁いでいたからです。

行き着いた結論は、三人の娘の夫の中で一番誠実で、しかも賢い長女の夫である「義人さん」に、事業を引き継いでもらうことにしました。

 

「任意後見」

長女と義人さんの出会いもなかなか興味深いものでした。義人さんは大学卒業後、佐藤さんの地元の住宅街にあるイタリアンレストランに勤務し、雇われ店長をしていました。ある日、常連の女性の一人にこう言われました。

「店長、あなたとても素敵な男性だから、私の友達を紹介してあげるわ」

後日、その女性と共に現れたのが、佐藤さんの長女だったのです。その後二人は結婚、義人さんはその後もレストランで働いていました。

早速、佐藤さんは義人さんに「不動産の事業を継いでくれないか」と提案。佐藤さんはもうひとつ義人さんにあるお願いをしました。それは、「自分の婿養子となってほしい」ということです。

佐藤さんは過去に地元の農家仲間から相続で争った話を何度も聞いていましたし、彼自身も婿養子として外から佐藤家の当主になったという経歴があるため、義人さんを養子に迎え、彼に引き継がせることが、最もいい方法だと考えたのです。

以前から気の合う義理の父の話ということもあり、また佐藤家が持っている血筋の永続性を踏まえ、義人さんも快諾。しばらくはその店に働いていたものの、佐藤さんから当主を譲られることが正式に決まると、店は辞め、不動産業に専念することになったのです。

ここまでの話は数こそ少ないものの、よくある話と言っていいでしょう。

ここからが更に佐藤さんと義人さんの先進性と言える、相続対策が進められました。
それは「任意後見」です。