夫の突然死後の「腫れ物扱い」が苦しくて…かわいそう、はもうやめて

私たちが「没イチ会」を作った理由
小谷 みどり プロフィール

「死の受容の過程」とは

本人がまだ生きているかのように思い込む「空想形成、幻想」は、死後7年以上たってもまだ残っています。さすがに幻想を見たり、食事の準備をしたりなどの行動をとったことは一度もありませんが、前述のように今でも夫は長期出張しているだけという感覚を持っています。

もちろん死んだことは分かっているのですが、これは上智大学名誉教授のアルフォンス・デーケンさんの理論によると、私はまだ悲嘆のプロセスの途上にあり、心の底から死の受容をしていないということになります。

私は、夫がかわいそうでならず、その涙は出るものの、私自身が悲嘆にくれているわけではないのです。だから、悲しみを乗り越えるという言葉も、私には当てはまる気がしません。「夫がかわいそう」「夫の死を無駄にしない」という気力だけが、私を突き動かしているのではないかと自分で思っています。

実際に夫と死別してみて、残された人は死の受容をすべき、という意見には反対です。いつか受容するだろうし、受容できなくてもいいのではないかとすら私は思っています。

私は、出張の多かった夫が、亡くなって7年経った今でもどこか遠くへ出張しているように思っています。それで何か問題があるでしょうか。

残された人が、「そのうち、私もそっちへ行きますからね」と、遺影に話しかけたりすることがありますが、死後の世界に行っていると思えれば死を受容しており、遠い国へ出張していると思っているのは死の受容をしていないことになるというのは、少し違うのではないだろうかと思うのです。

会えないと分かっていることには変わりがないし、いつか会えるという希望を持っているのも同じです。

 

授業中に一人だけ笑わない男性

夫が亡くなった翌週、5月のゴールデンウィーク明けから、普通に仕事もしました。毎年つとめている立教セカンドステージ大学の講義もスタートしました。

立教セカンドステージ大学は、50歳以上を対象とし、学び直しと再チャレンジのサポートを目的とした新たな学びの場として、2008年に開設されました。私は開設当初から、死に関する講義を担当させていただいています。2011年は3月に東日本大震災が起きたので、授業の開講が5月にずれこんでいたのです。

この年度も、最初の授業で恒例にしているので、受講生たちに「ぽっくり死にたい人は~⁉」と問いかけ、挙手してもらいました。いつものごとく、ほとんどの人がぽっくり死にたいと考えています。そこで、私は「夫が先週、突然亡くなりました」と切り出し、ぽっくり死ぬのは、本人は本望だろうが、遺族がいかに大変かを自分の体験を交えて伝えました。

夫の死を経て、それまでとは少し違った思いを持って講義に臨んでいた気がします。

翌年の講義は、新入生を迎えて通常通り4月からスタート。冒頭、前年と同じ「ぽっくり死にたい人~⁉」の話から口火を切りました。受講生の中に、気になる学生がいました。

授業中、みんなが笑っているのに、一人だけ表情を変えず、こちらを真剣に見つめている男性です。毎回、講義の後、受講生にはリアクションペーパーに感想などを書いてもらうのですが、その男性が出したペーパーを読むと、妻ががんで亡くなった事実が書かれてありました。

ところが入学して1ヵ月、2ヵ月と経過するうち、彼はみるみるうちに、表情が明るくなり、講義が終わった後、「これから、何人かで飲みに行きませんか?」と私を誘ってくれるようにもなりました。そしてお酒が入ると、決まって、「先生はご主人が亡くなったのに、どうしてそんなに平然としていられるのですか」と私に質問してきました。

彼――本の中で自分の体験を語ってくれた庄司信明さん(当時53歳)との出会いが、「没イチ会」を立ち上げる大きなきっかけとなりました。彼と接するうち、配偶者を亡くした人が、同じ境遇の人と気兼ねなく、身の上話ができる場がないことに気づいたからです。