アフリカ少年が見たニッポン・話題の漫画作者が差別について思うこと

星野ルネさんにいろいろ聞いてみた

カメルーン生まれ、関西育ちの星野ルネが描いた『まんがアフリカ少年が日本で育った結果』(毎日新聞出版)が話題を呼んでいる。

星野は母親の日本人との再婚がきっかけで4歳のときに来日。それ以来、人生の大半を日本で過ごしてきた。

自身の体験をもとに、日本人が無意識のうちに黒人に対して抱いている偏見や先入観をあぶり出していく彼の漫画は、SNSで公開されて間もなく大反響を巻き起こし、異例の速さで出版へとこぎつけた。異色の漫画が誕生した経緯と、日本人の「不思議」について、星野に聞いてみた。

 

なかなかチャンスがないなかで

――この作品を描こうと思ったきっかけは?

最初は単純に「みんなが知らない世界があるんだよ」っていうのを伝えたかっただけなんです。「黒人ってこうだと思ってるでしょ? 実はこうなんだよ」みたいなのを描きたかった。自分自身も本を読んだりして新しい情報を入れるのが好きなので、それが面白いんじゃないかなと思ったんですよね。

もともとはテレビでそういうことをやりたかったんです。外国人のタレントが出る番組って結構あるじゃないですか。でも、僕みたいなアフリカ系日本人とか微妙なラインの人はあんまりいないっていうのを発見して。そこで何か作れないかなと思って、タレント活動もやりながら悶々としていたんですけど、なかなかチャンスをつかめなくて。

若かったからそれを上手く表現できなかったし、ガッツもなかったし、女にも溺れたし(笑)。で、いろいろもがいている最中に、漫画だったら自分のペースでできるな、と思って描き始めたんです。

――最初はツイッターに作品を投稿されていましたが、1日1作品ぐらいの早いペースでアップしていましたよね。描き続けるのは大変ではなかったですか?

そうですね。はじめたころは絵を描くのに手を抜いていたんです。1ページ30分ぐらいで仕上げていましたから。「画力が上がってる!」とか言う人がたまにいるんですけど、画力が上がってるんじゃなくて、かける時間が長くなっただけなんです。時間をかければかけるほど絵はそれなりに上手く描けますから。今は平均2時間半ぐらいですね。

――星野さんが絵を描き始めたきっかけも、コミュニケーションの手段としてだったそうですね。

そうそう。4歳のときに日本に来て、保育園に通い始めたんですけど、最初は全然日本語が分からなくて。そこでお絵描きの時間があって、自分の描いた絵を見てくれる子がいたんです。何を言ってるかは分からなかったけど、笑っているのは見えて。「これで仲良くなれるんだな」って子供ながらに思ったんですよね。その体験がやっぱり自分の中で大きかったんでしょうね。だから、それから人生通してずっと描き続けてます。

『ドラゴンボール』を見ては絵を真似して、『スターウォーズ』を見ては真似して、っていう感じで。あと、自分がバイトで工場に入ったときにも、工場の仲いい人たちの漫画を描いたりしましたね。『ドラゴンボール』の世界みたいなところでみんなで冒険して、僕の先輩が一番最初にスーパーサイヤ人みたいになるんです。それを週に1~2回ぐらい描いて、みんなに見せていたんですよ。

――本に収録されている漫画の中で、最初に大きい反響があった作品って覚えていますか?

最初にバズったのは、僕が運動会のかけっこで初めて3番になったら、みんながちょっとざわついた、っていう話ですかね。まさか黒人が1位じゃないなんて、という話なんですが(笑)。あと、高校の入学式のときに、みんなが僕を見ないで窓の下の誰かを見ていて、「僕より目立つやつって誰やねん」と思って見てみたら、派手な民族衣装を着た僕のオカンが立っていた、っていう話も人気でした。

ああいうネタはもともとテレビとかでしゃべるためにストックしていたんですよね。昔あったこととかを思いつくたびに携帯にメモっていて、それが100~200個ぐらいたまってたんです。で、そんなにテレビに呼ばれることもないから、その内容を漫画にしたっていう感じです。

――どのエピソードも漫画の中ではサラッと描かれていますが、実は明らかな「差別」にあたるような出来事も含まれていますよね。

そうなんです。たしかにそれは問題なんですけど、差別だと知らない人に対して怒るっていうのは、僕の中ではないんですよね。何も知らないで、そんな気なしに言っていたことが「差別だ!」って指摘されると、言われた方はもうたまらなくなると思うんですよ。普通にご飯を食べているだけで「なんでお前はご飯食べてるんだ!」って怒られるような感覚じゃないかと思うんです。

そういう人に対していきなり怒っても始まらないですよ。だから、当たり前にやっていたことがもし誰かを傷つけているんだとしたら、「実はこうなんですよ」って大らかな気持ちで説明していくしかないのかな、って思っています。じゃないと、たぶんその人の中ではなにも変わらないです。あくまで僕の持論ですが。

黄信号、という役割

――例えば、昨年末に放送された『ガキの使いやあらへんで!!』の特番『絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時!』でも、出演者が顔を黒塗りにして登場したところ、「それは黒人に対する差別表現である」と問題になったことがありました。あれに関しても、そもそも多くの日本人は黒塗りが差別表現にあたるということを知らなかったのではないかと思います。

そうなんですよ、早いんですよね。ある日突然、それまでは寛容的に見られていたものが「それはダメ!」と言われてしまう。青信号からいきなり赤信号に変わる、みたいな。「いや、まだ黄色になってへんやん」っていう。今まで青信号だと思っていたものが急に赤信号だって言われても、車は止まれないですよ。いったん黄信号を挟むから、みんな「そろそろスピード落とそうかな」って考えるわけじゃないですか。そこはちょっと、いまの風潮には違和感があります。

――その意味では、星野さんの作品は赤信号の一歩手前の「黄信号」みたいな役割を果たせるのかもしれないですね。この漫画って無理にコミカルに笑わせようともしてないし、逆に「こういうのは差別だ」とか「傷付いた」みたいなシリアスな感じにもしていない。その真ん中の自然体な感じで描かれていて、それがすごく新しくて面白いなと思ったんです。

そうそう、「もうすぐ黄色になりそうだね」ぐらいの感じかもしれない。やっぱりそれがないと、いきなり切符切られて「はい、罰金」って言われたら、「やってられるか!」ってなるでしょう。まあ、差別されている側の……たとえば外国人とかハーフの人とかでも、すぐにカッとなっちゃう人も多いんですよ。本人は辛い目に遭っているからそれも仕方ないんですが、自分は被害者で相手は加害者だって決めつけちゃってるんです。

でも、法律でも「善意」の悪人みたいなのってあるじゃないですか(善意:ある事実や事情を知らないということ)。「悪意の悪人」はもちろん裁いていいと思うんですけど、「善意の悪人」を裁くには別のシステムを採用しないと難しいんじゃないかな、というのが自分のスタンスです。