「学会って意味なくない?」研究者たちが「学会の不思議」に突っ込む

意味がなくても増え続ける謎
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「日本医学会」「日本薬学会」などの大きな大会になると、参加者が1万人規模、発表件数は数千件に及ぶ場合もある。一人の研究者が全体を見渡して広く情報収集することなど、とてもできない。

参加者は大勢いても、発表はたくさんの小部屋に分かれ、そこに集まるのは、いつも話をしている少数の顔見知りばかりということもあるという。これでは新たな発想に触れる機会にならない。

また、生命科学系の報告者は、「大会での発表より論文のほうが価値が高いので、学会発表は、すでに論文として公表された内容になる。新しい成果を学会発表で知ることはあまりない」と述べた。

とくに理系の学会では、口頭発表の持ち時間が「発表8分、質疑応答2分」のように短く制限され、大きな紙に内容を印刷して掲示する「ポスター発表」でも、読み切れないほどの内容を細かい字でびっしりと書き込むことが多い。

進行中の研究を磨くためにじっくりと批判を聞くはずの学会発表がその意味を失い、たんに「参加して発表した」というアリバイづくりの場になっている。

「あれは『村の祭り』なのだ」という指摘もあった。

さまざまな分野の研究者が、前方のスクリーンに映し出されるSNSのコメントなどを見ながら、自分たちの学会の現状について報告したさまざまな分野の研究者が、前方のスクリーンに映し出されるSNSのコメントなどを見ながら、自分たちの学会の現状について報告した

学会は消滅せずに増え続ける

細分化された学会の数の多さも問題になった。

ある分野の研究がブームになると、関連する学会も多くできる。新たな研究手法が生まれれば、それに応じた新しい学会ができる。その学会の役割に陰りがみえてきても、自分が学会長の間はつぶしたくない。いきおい学会の数は多くなる。

学会に所属するには会費を払う必要があるので、とくに若手は、その費用だけでもばかにならない。

経済系の報告者は、「社会の課題を解決しようとして新しい学会が生まれ、解決したらその学会は解散。そうなるはずなのに、学会はつぶれない」という。

「なぜそこまでして『学会』を守ろうとするのか」という発言も聞かれた。

ある理学系の報告者は、「研究して学会に参加するという当たり前のシステムのなかにいると、自分はいま何をやりたいのかがわからなくなっていきがちだ」という。

また、学会発表は、研究を始めたばかりの大学院生のデビュー戦となってしまい、その分野の方向性や革新的な研究などに関する学術的に重要な議論は、参加している大御所たちが「密室」で進める。

オープンなはずの学会が、かならずしもそうなっていない。