# 有機農業 # ナチス

エコの代名詞「有機農業」が、ナチスと深く関わった過去

収容所で有機ハーブティーが育成された
藤原 辰史 プロフィール

「自然が豊かな場所でこそ、優秀な人間が育つ」

ところが、問題なのは、ダレーのイデオロギーのなかに人種主義と自然保護と有機農業が共存したことである。有機農業の考えは、一般的に、人間の力の過信をたしなめる考えであるが、それは、表層的には、ナチズムの教義から遠いものではなかった。

生物学、とくに遺伝学の法則に人間を従わせる。これがナチズムの根幹である。ナチスはこれを「生命法則Lebensgesetz」と呼んだ。その教義によれば、遺伝的に優秀な人種はドイツで子孫を繁栄させるべきだとされていた。

さらにその子孫を繁栄させる場所は、豊かな自然に囲まれたところ、すなわち農村でなければならない。都市のように空気が悪く退廃した場所ではなく、農村のように畑や木々に囲まれ、新鮮な空気に満たされた場所ですくすくと育ち、強靭な心身を備えた人種を増やしていくことが想定されたのである。

また、「血と土」の教義によれば、ちょうど、他のタネが混ざらないように純粋な形質を持つ品種の植物の採種場のように、人間も他の劣等な人種が混じらないように育てなければならなかった。そのことをダレーは「育成農場Hegehof」と呼んだ。農場は植物や動物だけでなく、優秀な人種を育てる場所でもある、というのが「育成農場」の目標なのである。

バイオダイナミック農業によって営まれているバルチュの農園

ダレーがバイオダイナミック農法に魅力を感じた背景には、おそらく以上のような思想が、自然の重要性を説くこの農法と近接性を有していたことがあったと考えられる、というのが私の説である。

なお、ダレーは、党内の有力者たちに、自分がバイオダイナミック農法を支持することへの意見を求めたり、その支持者たちをかばおうとしたりして、行動を起こしているとはいえ、ナチスの農業政策に有機農法的なものを導入することはできていない。ただ、ダレーの農本主義と有機農業の考え方の関連性には、興味深いものがあると思う。

 

強制収容所で有機ハーブティーが作られていた

さらに、第三帝国で強大な権力を有していたヒムラーも、この農法に深い関心を抱いていた。ヒムラーは、シュタイナーの教義自体は嫌っており、戦争が始まったあと、彼の秘密警察を用いて弾圧している。ナチスと異なる教義がドイツ国内に存在することは、戦争遂行のうえで邪魔だからである。バルチュもそのとき逮捕されており、バイオダイナミック農法全国連盟は受難の道を辿るのである。

ただし、ヒムラーは、自分でもかつて養鶏を営んでいたほど農業に詳しい人物であった。シュタイナー的な世界観を消したうえで、ヨーロッパ各地に建設された強制収容所でこの農法の実験を行なったのである。強制収容所では有機ハーブティーを生産し、それを販売してさえもいた。ユダヤ人には栽培させず、人種的に近いとされたオランダ人などに作業をさせていた。

収容所に農園を作った理由は二つある。親衛隊という彼の組織をより強固なものにするため、隊員の教育手段としてバイオダイナミック農業を用いようとしていたこと。そして、来るべき「東方ゲルマン帝国」の支配的な農法にすることであった。

親衛隊の幹部にはこの農法の支持者も多く、英米仏のような収奪型農業ではなく、自然に根ざした持続的な農業を新帝国で営んでいくという理想を思い描いていた。ヒムラーは、部下にポーランドのバイオダイナミック農業の農園跡地の調査などをさせてもいる。

そのうえで重要なのが、ヒムラーが、ドイツ的な景観Landschaftをポーランドなどで築き上げるため有機農業を導入すべきだ、と述べていることだ。つまり、ポーランド人のように自然を愛することのできない人間に任せるのではなく、ドイツ人のように自然を愛する国民こそが、自然をきちんと保護した農業を営み、ドイツ的な美しい風景を作り上げていく、という傲慢な考えである。