ロリータモデル兼看護師の私が、公衆の面前で「ビンタ」された瞬間

世界から悲しみが減る方法を考えてみた
青木 美沙子 プロフィール

悪意なのか思い込みなのか立ち止まって考えて

わたしは、何が起こったのか分かりませんでした。左耳にすごく大きな音がして、首が回って、ミニハットがずれ落ちて、それから次第に左の頬っぺたがジンジン痛み始めました。会場にはたくさんの人がいて、気まずい空気が流れています。目の前の先生は怒っています。

わたしは小さくすみませんと呟いて、ずれ落ちたミニハットを拾いました。痛みはもちろんありましたが、それよりも、恥ずかしいという気持ちがありました。

頬っぺたの痛みと心の恥ずかしさで涙があふれてきました。ですが泣くことが許されていないような気がしました。涙粒が落ちないように、それから2時間ほどの間、こぶしを握って必死に堪えました。

 

そこは病院ではなく、全員が私服の勉強会でした。ミニハットは、カチューシャ替わりのミニでした。その先生や医療を軽んじる気持ちは全くなく、わたしはただ勉強したかっただけです。ロリータ服やミニハットは、わたしの日常の私服であり、誰かを傷つける意図などある訳ありません。

ただそれだけなのに、この先生は、わたしのミニハットに勝手に悪意を見出して、勝手に気分を害して、憎しみの感情を込めてわたしに暴力(ビンタ)したのでした。

あれから10年近く経ちました。今、わたしの開催するロリータのお茶会には現役ナースの子も沢山来てくれています。

もし、その子たちが誰かにビンタをされたら。ちょっとわたし、許す自信がないです。思い込みの暴力で人を傷つけるなんて。てゆうか、医療従事者なのに暴力なんて。ふざけている。悪です。悪はギロチンです。

写真:著者提供

マリー・アントワネットがギロチン台に送られた時代は、インターネットもなく、情報は断絶し、誤解も生まれやすかっただろうと思います。けれども人類はアップデートしてきているのですから、悲劇は減らしていけるはずです。

誰が何に悪意を見出すのか、それはそれぞれの心の問題なので分かりません。あからさまな言葉や暴力が無いのに悪意を感じたときには、自分の心がその良くない感情に巻き込まれてしまう前に、ちょっと立ち止まって、それが悪意なのか自分の思い込みなのか、考えてみるとよいです。これだけで、世界から悲しみが減ると思うのです。

10月16日はマリー・アントワネットの命日です。彼女がギロチン台に送られた日まで、あと数日。ロリータとしてナースとして、自分に出来ることを考える日々です。そしてこの連載は、次回がフィナーレです。

それではごきげんよう。

〈次回に続く〉

*青木美沙子さん記事バックナンバーはこちら https://gendai.ismedia.jp/list/author/misakoaoki