「日本のフランスパンは世界一」に大貢献した、あるパン職人の生涯

この人なしで日本のパン文化は語れない
阿古 真理 プロフィール

パンにとって一番大切なこと

このように、日本のパンの歴史は、ビゴ氏の足跡をなくして語れないのである。

ビゴ氏は150人を超える弟子を日本で育てた。2003年には日本での功績をたたえて、フランスのレジオン・ドヌール勲章を授与され、2017年には日本に住む外国人として初めて現代の名工に選ばれている。

ビゴ氏は2005(平成17)年、後進のためにレシピ本『フィリップ・ビゴのパン』(柴田書店)を出している。その本には最晩年の師匠、カルヴェル氏もメッセージを寄せた。前書きで、ビゴ氏はパン作りを子育てになぞらえ次のような文章を書いている。

「パンにとって一番大切なのは、育つ環境である。(中略)パン生地の親となるブーランジェは、パンのためにいい環境をつくってやらなければならない。けっして人間が望む環境にパンを合わせようと考えてはいけない。人間がパンの求める環境に合わせ、そのために細心の注意を払うことだ」

 

パンを愛するその心は、人間を慈しむ心と通じている。そんな愛情の大切さまで弟子たちに、後進たちに伝えようとした人だったのである。厳しく、そして優しく、パン生地をどう扱いおいしく仕上げるのか、どのように売るのか指導した。そのために必要な技術も精神も伝えた。

彼が厳しいばかりの人だったら、技術が高くてもその人気は一部にとどまり、弟子たちも増えなかったかもしれない。優れた技術を持ち、パンを愛し人を愛するこの人が日本に定住しなければ、世界に誇れる現在の日本のパン文化はなかっただろう。心からご冥福をお祈りしたい。

ビゴの店は現在、芦屋市本店のほか、神戸市の郊外、阪神間に合わせて10店を展開する。また、首都圏でも、川崎市・鷺沼ほか東京・神奈川の6ヵ所に、ビゴ氏の弟子である藤森二郎氏が構える「ビゴの店東京」がある。

サクサクとしてキレがいいそのパンは、弟子たちが今後も作り続けてくれるだろう。

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