現代思想のなかで「ヘーゲル」はどう解釈され、語られてきたか

一体どこが重要なのか?
仲正 昌樹 プロフィール

しかし、近代哲学(史)を総括する特別な存在としての「ヘーゲル」が参照されることが少なくなった一方で、専門分野や取り組んでいるテーマからするとヘーゲルとあまり縁がなさそうに見える思想家が自らの着想の源泉としてヘーゲルのテクストに言及し、独自のヘーゲル解釈を呈示するのをしばしば見かけるようになった。

「哲学」そのもののような巨大な「ヘーゲル」像が崩壊したことがある意味幸いし、文脈ごとに全く別人であるかのようなヘーゲルたちが出現してきたような様相を呈している。

現代の意外なヘーゲル派として特に際立っているのは、コミュニタリアニズム(共同体主義)の代表的論客の一人で多文化主義を擁護するカナダの哲学者チャールズ・テイラー(1931-)、ラカン派精神分析を資本主義批判や映画批評に応用することで知られるスラヴォイ・ジジェク(1949-)、分析哲学の中のネオ・プラグマティズムと呼ばれる潮流を代表するロバート・ブランダム(1950-)、ポストモダン・フェミニズムの旗手で、「ジェンダー」や「セックス」といった基本概念のラディカルな変容を試みるジュディス・バトラー(1956-)の4人だろう。いずれも現代哲学の重要人物である。

少し時代的に遡ると、第二次大戦前後のフランスではアレクサンドル・コジェーヴ(1902-1968)とジャン・イポリット(1907-1968)の二人の哲学者のユニークなヘーゲル解釈が、メルロ=ポンティ(1908-1961)やジャック・ラカン(1901-1981)を経由して、現象学と構造主義以降のフランスの現代思想全般に影響を与えている。

ジル・ドゥルーズ(1925-1995)やジャック・デリダ(1930-2004)の思想は、それぞれ独自の視点からの「ヘーゲル」批判になっている。コジェーヴは、冷戦の終わりを予言する形になった、元アメリカ国務省スタッフで政治学者のフランシス・フクヤマ(1952-)の「歴史の終焉」論にも強い影響を与えたことが知られている。

また、戦後ドイツの社会思想をリードしたフランクフルト学派は、ヘーゲルの歴史哲学と弁証法を積極的に生かすことを試みた。学派第二世代の代表のユルゲン・ハーバマス(1929-)は、普遍的道徳法則やコミュニケーションの可能性を考えるうえで、カント主義的な立場からヘーゲルとの対決を試みているし、第三世代の代表アクセル・ホーネット(1949-)は初期ヘーゲルの承認論を現代の社会問題に適用することを試みている。

ヘーゲルは何を考えていたのか(photo by GettyImages)

現代思想の文脈でこその参照

本書は、そうした「ヘーゲル」たちが現代の哲学において演じている役割から逆算する形で、ヘーゲル哲学の意義を再考することを試みる。

オーソドックスなヘーゲル入門書であれば、青年ヘーゲルに対するフランス革命の影響や、初期ヘーゲルのキリスト教神学との批判的取り組みから始まって、『精神現象学』(1807)→『大論理学』(1812-1816)→『エンツィクロペディー』(1817)→『法哲学要綱』(1821)→『歴史哲学講義』(1822-1831)という順序で、ヘーゲルの体系が次第に完成へと向かっていく過程を描くべき、ということになるだろう。

しかし、そういうタイプの入門書はこれまで何冊も刊行されているので、今更同じようなものを一冊増やす意味はあまりない気がする。加えて、多岐にわたるヘーゲルの主要著作を新書サイズの入門書で全部扱おうとすると、一冊ごとの中身はかなり薄くなる。

もしくは、というよりそうやって薄くするとかえって、「近代」の直面する問題の全てを予見した「ヘーゲル」、哲学のあらゆる部門を包括する「ヘーゲル」の体系的思考、それ以降のあらゆる哲学者たちを手の平の上で踊らせる「知の巨人ヘーゲル」……といった大げさなスローガンを掲げて、強引にヘーゲル推しすることになりがちだ。

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