発達障害当事者が「生きづらい」と訴えるとどうなるか

鈴木大介×姫野桂対談【後編】
鈴木 大介, 姫野 桂 プロフィール

社会はプロレタリアート側に合わせるべき

鈴木 前編で、貴族とプロレタリアートがいると言いましたが、貴族側のマッチョイズムな意見って、プロレタリアートにとってつらいと思うんです。

姫野さんの本の中の座談会で「発達障害の自分はマイノリティーだという考えがすごく苦手」という意見がありましたが、それは貴族側の意見です。自分がマイノリティーで苦しいんだと言っている人に、「マイノリティーだと言っちゃダメ」と言うのは、「苦しい」と言っている声を無視することになります。

 

姫野 今気づきましたが、おそらく私もマッチョイズム側ですね。

鈴木 おそらくじゃなくてガチマッチョです(笑)。

姫野 定型の中に混ざっていると社会に馴染めないクズで弱者なのですが、不定形の枠の中にいるとマッチョ側になってしまう。

でも、私は普通の人の3倍頑張らないと能力を発揮できない。できないことが多いので、できる部分で補おうとすると、そのくらいの頑張りが必要なんです。

そして、その分定型さんよりも疲れやすい。仕事でいっぱいいっぱいなので、遊ぶ体力が残っていないときもあり、付き合いが悪い人と思われているのではないかと。

鈴木 そうか、3倍頑張ってるから余計にマッチョなんだ。けどそのマッチョ論が中心になってしまうと、3倍頑張ってもどうにもならないプロレタリアートの人たちが途方にくれてしまうので、社会は貴族側に合わせちゃいけないんです。

今でも、貴族側の言説ばかり出ていますよね。タレントとか発言力のある人たちが「実は自分は発達障害なんです」という話をすると、発達障害でも何かギフトがあればいいと、そこばかり語られる。でも、何もない人はどうすればいいの?という話です。それこそうちの妻なんですが……。まぁ、僕だけが分かるギフトはたくさんあります。

写真:村田克己

姫野 それは素敵です!

鈴木 キラキラ光る綺麗なハエの死骸を拾ってきたりしますが、それが収入につながるわけではないので……。だから、姫野さんも貴族側の言説に乗っからず、発言していってほしいなと思います。