患者思いの医者が、「診察室にこれがほしい」と期待するもの

覆面ドクターのないしょ話 第34回
佐々木 次郎 プロフィール

診察室に無重力装置が欲しい!

夏の猛暑のある日、外来は朝からガラガラだった。台風19号が迫っていたからである。今年の夏は台風が多かった。毎日ニュースの度に、気象衛星「ひまわり」の画像を見ていた。

 

気象衛星「ひまわり」も元々は人工衛星として宇宙に打ち上げられたものである。

宇宙といえば、「国際宇宙ステーション」。宇宙飛行士をよく見ると、顔が膨らんでいる。これは重力があるために下半身に集まっていた水分が、無重力状態になって徐々に頭側に上がるために起こる。無重力空間ではわずかな力で体がクルクルと回転する。気持ちいいだろうなぁと思う。寝ているときの寝返りはどんな気分だろう? 物を取りに行くときも、歩いていく必要はなく、ちょっと壁を押せばその反動ですーっと移動できる。痛めた左肩をマッサージしていた私は、宇宙飛行士の映像を見て思わず叫んだ。

「これだ! これほしい!」

私が期待しているのは、「無重力」の臨床応用である。診察室に無重力装置が欲しい!

無重力を利用した未来の診察室を想像してみた。いわば「部分無重力装置」で、診察室のベッド上だけ無重力空間になる優れものである。

患者さんがベッドに寝る。体の向きを換えるときに、この無重力装置のスイッチを押すと患者さんの体が浮く。指先で患者さんの体の一部をそっと押すだけで患者さんはクルッと向きを換えることができる。まるで宇宙飛行士のようだ。

小型ジェット機をチャーターすれば、宇宙に行かなくても無重力状態を体験することは可能(photo by gettyimages)

患者さんも介助の人も力はほとんどいらない。五十肩でも腰痛持ちの人でも簡単に介助ができる。こんな装置ができたら診察も治療も大変楽になりそうだ。

寝たきりの患者さんの場合、よく問題になるのが「床ずれ」だ。

仰向けに寝たきりでいると、仙骨部(尾てい骨付近)などは荷重を受けやすく、徐々に皮膚の血行が悪くなって腐ってしまう。これが褥瘡〈じょくそう〉だ。潰瘍化した皮膚は荷重の影響で傷が治りにくい。これらの問題も、部分無重力装置で体が浮いた状態になれば、褥瘡の予防・治療に役立つのではないだろうか?

また宇宙飛行士の顔が徐々に膨らんだことからわかるように、無重力にすると下に溜まった水分は上に上がる。つまり、下肢のむくみも解消できる。

たとえば、寝るときにスイッチを入れて無重力にする。上体を上げて寝れば、下肢に溜まった水分は上方へ移動し、朝になったらむくみスッキリ! 

むくみでお悩みの女性たちは、むくみが取れて脚がすっきりするだけでなく、おしゃれな靴も自由に履けて、大歓迎なこと請け合いだ。また病気によるリンパ浮腫でお悩みの患者さんにも朗報だろう。

理論的には、地球上に暮らしている限り、無重力装置の現実化は無理かもしれない。だが、人間はこれまでさまざま困難を乗り越えて発達してきた。ジュール・ベルヌの時代には、夢物語だった技術がたくさん現実化しているではないか。無重力装置も、身近で当たり前になる日がくるかもしれない

そうなったら、おばあちゃんへの声掛けもこう変わる。

「重力に気をつけてお帰りください」