画/おおさわゆう

患者思いの医者が、「診察室にこれがほしい」と期待するもの

覆面ドクターのないしょ話 第34回
人間は老いには勝てない。大病はしなくとも、加齢とともに、肩、腰、膝などあちこちにガタが来る。そんな高齢者を診察することが多い次郎先生。
起き上がる、身体の向きを変えるのにもひと苦労する高齢の患者さんのために、ぜひとも診察室に備え付けたいものがあるという。
究極の装置は、実現は難しいかもしれないが、できれば、医者も患者もハッピー、ノーベル賞もまちがいなし。

高齢の患者さんには、注射1本打つにもひと苦労

私の外来に来る患者さんは下町の高齢者が多い。腰痛や膝の痛みを訴えて来院するのだが、おじいちゃんの割合は少ない。おじいちゃんだって腰痛になるはずだが、熱心には通院して来ない。

 

「待ち時間は長い、話し相手もいない、それに医者は嫌いだ」

理由はこういうことらしい。病院の付近には、どうやら頑固なおじいちゃんたちが住んでいるようだ。

外来にきちんと来るのは必然的におばあちゃんばかりとなる。女性におしゃべりは欠かせない。だから、待合室はマダムたちのサロンと化している。いつもお決まりのように注射をするおばあちゃんたちは、診察室に入るやいなや、とにかく私に何か話したいらしい。

「ずいぶん待たせるじゃない!」

と、まず私にジャブを入れる。それから診療とは関係のない話をし始める。

「秋刀魚がなかなか安くならないわねぇ」
「息子が嫁の肩ばかり持つのよ」

うっかり話に乗ると、マダムたちは調子づいてさらにしゃべる。

「『私の味方しないなら、もうあの世へ行ってやる!』って言ってやったのよ」
「息子さんは何と言ってるんですか?」
「『おふくろ、もうすぐ行けるから心配すんな』だって。悔しい! 100まで生き抜いてやる!」

中にはサスペンスのにおいのする話をするマダムもいる。

「息子が私の預金通帳を狙ってるのよ」

診察前から収拾がつかなくなるので、おばあちゃんたちが診察室に入ってきても、私はすぐに話しかけないようにしている。

定期的に注射を受けにくるおばあちゃんに対しては、

「まず横になりましょう」

と私は伝える。ベッドに寝かせてから患者さんに話しかけている。

実は、注射するまでの段取りにも、我々には苦難が待ち構えている。

たとえば、膝に注射をする場合。

ズボンの裾をまくり上げて膝を出してもらうのだが、これがひと苦労なのだ。下肢にぴったりフィットしたズボンを履いていると、裾を上げにくい。お嫁さんが気の利いた人で、お姑さんにおしゃれなデニムなどを履かせるなど論外だ。頑張ってまくり上げようとすると、すぐに股引が現れる。昔ながらの白い股引は伸縮性に乏しく、まくり上げると膝頭でひっかかる。

「よ~いっしょ!」

看護師さんと左右に分かれて股引をまくり上げる。これでようやく膝が露出するかというとそうではない。かなりの割合で、おばあちゃんたちは膝のサポーターを装着しているのだ。

「見て! バンテリンのサポーターよ」

自慢げに話しかけられても無視して作業を進め、ようやく膝が顔を出す。この段階で私はようやく患者さんに話しかける。

「体調はどうですか?」
「あい変わらずよ。息子が私の預金通帳を……」
「はい、注射します。1、2の3、ぶすっ!」

注射の準備に手間取るとき、「あれがあるといいなぁ」と思うもの……それは下腿の外側がファスナーになっているズボンである。通販などで取り扱っている。股引の代わりに、ユニクロの伸縮性のいいヒートテックを勧めてあげよう。

膝も腰も肩も、複数の部位を出さなければならないおばあちゃんたちはどうすればよいのか?

「あれがあるといいなぁ」

それは、ロッカーやガテン系の人たちが着る「つなぎ服」だ。できたら首から足までファスナー1つで開閉できるものがあれば、診療の効率はぐんと上がる。おばあちゃんが派手なつなぎ服を着てくれば、待合室でも注目の的だ。

「バンドみたいね」
「来週、隅田川の向こうで三味線の演奏会だぜ」