日本人の多くが目を背けてきた「沖縄の運命」とはなにか

返還時に作られた「虚飾の憲法論」
篠田 英朗 プロフィール

すでにアメリカは不満を強めていた。1971年のニクソン・ショックをへて、1973年には変動相場制が導入され、日本の高度経済成長を支えた1ドル360円の固定相場の時代は終わっていく。田中角栄はロッキード事件で失脚する。

1972年は、日本とアメリカが対等な関係で、同盟関係を発展させていく一つの好機だったかもしれない。しかし実際の日本の国内政治は、高度経済成長時代へのノスタルジアで動いていくようになる。

憲法学者の方々は、日本国憲法のテキストにはそのようなことが書かれていないにもかかわらず、集団的自衛権が違憲であることは絶対的な真実であるかのように主張する。しかしその根拠が1972年内閣法制局見解であったりすることは、残念なことである。

 

集団的自衛権違憲論は、時代の変遷の中で生まれた。時代の産物であったがゆえに、冷戦構造が崩れ去ったとき、冷戦体制を前提にしていた裏付けの崩壊が強く認識され、見直しが必至となったのだ。

「そんなことをしたら日本に共産革命が起こりますよ」を対米外交の脅し文句にして、安全保障論を回避しながら、経済的利潤だけを追求できた時代は、冷戦とともに終わった。

集団的自衛権は最初から違憲だったし、これからも永遠に違憲だ、などと考えることは、特別な運命を引き受けながら、国際政治や国内政治に大きな影響を与えてきた沖縄の存在を無視することに等しい。

〔PHOTO〕gettyimages

沖縄の未来

沖縄が持つ地政学的な運命を、一部の人々は「自分だけは見ない」と宣言し、無視するかもしれない。しかし、あたかもそれが存在していないかのように振る舞うことは、残念ながら、問題の改善にはつながる態度ではない。

沖縄が背負っているものを認知し、大きな構造的な見取り図を持ちながら、一つひとつの課題に対する対応策を検討していかなければならない。それこそが、沖縄という特別な運命を持つ地域について語るために、必要な態度だ。

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