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日本でイノベーションが起こらないのはなぜか?ある投資家の答え

島国思考から脱出する方法①
岩崎 日出俊 プロフィール

昔はそれでよかったが…

私は高校時代にAFS交換留学生としてアメリカ・カリフォルニア州で1年間過ごし、社会人になってからも2度にわたって合計7年間、アメリカで勤務しました。この間、自分の子供も現地イリノイ州の小学校に通わせていたのですが、この時、アメリカには日本の運動会に相当するものがないことに気づきました。

「フィールド・デイ」と称する自由参加のかけっこや障害物競争を行うイベントはあります。しかしそれは日本のように全員参加型の規律正しい整列や行進を伴う運動会とは全く異質のものです。

アメリカから帰国後、私はアメリカの他の州やヨーロッパ各国、ニュージーランドなどに駐在した経験のある人たちにかたっぱしから尋ね、また各種の資料にも当たってみたところ、赤組、白組といったような形で全員がまとまって勝利を目指すような運動会が行われている国は、他には北朝鮮、韓国や台湾、中国東北部の一部にしかないということがわかったのです。

 

そもそも日本において学校行事としての運動会が始まったのは、初代文部大臣の森有礼が1885年(明治18年)全国の小中学校の体育授業に「兵式体操」を導入し、さらにその成果を公表する場として運動会の施行を奨励したのがきっかけでした。

森は、軍隊式の集団訓練を学校でも行わせることで、皇軍兵士に必要な「順良」「信愛」「威重」という三つの気質が養われると考えていたそうです。

つまり日本では、明治期の富国強兵政策の一環として行われていた運動会が戦後も引き続き行われており、日本が植民地にした朝鮮半島では、金日成とその一族が独裁体制を敷いた北朝鮮でのみ戦後も引き継がれました。

韓国でも日本の統治時代の影響で運動会は残りましたが、その後「日本軍国主義の遺物」と批判され、廃止となるケースも多く、また台湾では赤組、白組に分かれて戦う形式ではなく、個人参加型のものに徐々に変わってきているといいます。

運動会に限らず日本社会には、明治政府が富国強兵政策を効率的に行うため、つまりは国民を均一性の高い兵士・労働力として育成するために始めたことを、無意識のうちに今も続けている例がたくさんあります。中でもわかりやすいのは、やはり日本にしかない新卒一括採用。

これは日本が戦争中に始めた制度で、1941年の労務調整令によって、「国民学校の新卒者は国民職業指導所の紹介によらなければ就職できない」とされたことに端を発しています。

日本独自のこうした諸制度の多くは、列強に対抗しうる軍隊を大急ぎで作る必要があった明治期の日本には必要なことだったのでしょうし、安くて質の高い工業製品を大量に製造し、海外に売っていくことが新たな国家目標になった高度成長期においてもごく有効な手法だったのでしょう。

しかし新興国の段階をとっくに終えた日本が今後他の先進国と競争していこうというなら、もはや均一性を重視するこのやり方は通用しません。日本としてはこれから先、イノベーションにより付加価値の高い商品・サービスを作り出していくことがどうしても必要になってくるのです。