秋葉原に「ネット右翼の街」というイメージを植え付けたのは誰か

ネット右翼十五年史【9】
古谷 経衡 プロフィール

「愛国の街」という誤った認識

既成の大手マスメディアからの謂れのないバッシングから麻生を守る、という声を根本として成立したJ-NSC。そして、「俺たちの麻生」とまで謳われる親近感の根底にあった漫画や2ちゃんねるへの言及。

麻生はまだしも、漫画やアニメや2ちゃんねるといった「アキバ系」と近接する要素が薄い、まして、2006年にはネットで不人気をかこっていた安倍晋三が、麻生のまるで後継者のように、秋葉原で4000名以上の聴衆に迎えられるまでになったのは、いったい何故であろうか。

 

安倍が公的な場で具体的な作品名をあげて漫画やアニメに言及した例はほぼ無いし、麻生のように「ときどき2ちゃんねるに書き込んでいる」といった発言も存在しない。

にも拘らず麻生と安倍がセットで秋葉原に登場する理由は、前述のとおり、既に2012年のこの時期には、「秋葉原=愛国」という間違った認識が、自民党を含む政治家とそれを伝えるマスコミ、そして当のインターネットユーザー自身にも広く定着してしまっていたからに他ならない。

勿論、「第一次安倍内閣の時、謂れ無きバッシングを既成の大手マスメディアから受けた」という安倍の主張は、麻生と非常に類似していよう。しかし、あえて「秋葉原」を大演説のフィナーレとして殊更選択すること自体、「秋葉原=愛国」という図式が、彼ら政治家の中に固定観念として定着しているからにほかならないであろう。

つまり彼らの中では、「秋葉原=愛国」であると同時に、「秋葉原=若者」「秋葉原=2ちゃんねる」という方程式が成り立っているのである。

「インターネット(2ちゃんねるユーザー)」「アキバ系」「愛国・保守」…。本来この三者は、容易に交わるはずの無いものであった。しかし、それをに目をつけ「利用」することを考えた麻生太郎という政治家が現れたこと、そして秋葉原で街頭演説に群がり、日の丸を振って彼らを応援する人々の姿をメディアが「ネット右翼」と呼んだことによって、これら三者の不幸な関係性が決定されてしまったといえる。

そして本来抽象的なものであるはずのこの三者の運命は、秋葉原という現実の街を舞台に、ネットメディアや動画によって目に見える存在となったが故に交わってゆくこととなる。そう、まるでキリスト教の「三位一体」の概念のごとく、「インターネット(2ちゃんねる)」「秋葉原(秋葉系)」「愛国・保守」の三者が一体となり、「ネット右翼」の虚像が強く形成されていったのである。

そしてこの図式は、今次総裁選挙に於ける安倍晋三の「秋葉原験担ぎ」にまで、いみじくも延伸されているのだ。

(つづく)

*本稿には拙著『ネット右翼の逆襲』(総和社、2013年)の一部を、現在の政治状況に照らして大幅に加筆・修正した箇所が含まれている。