なぜ自民党は秋葉原を「選挙必勝の聖地」と崇めるようになったか

ネット右翼十五年史【8】
古谷 経衡 プロフィール

2ちゃんねらーは歓喜した

この時期に前後する、既成の大手マスメディアの2ちゃんねる観をうかがい知ることのできる端的な記述として、毎日新聞取材班が2007年に出版した『ネット君臨』(毎日新聞社)から重要部分を引用する。

〈取材班はネットの匿名社会が実社会にもたらした弊害を根本から問い直すことから始めた。(中略)国内最大のネット掲示板「2ちゃんねる」に代表される匿名による誹謗・中傷が人々の暮らしに深刻な影響を与えている実態…(後略)〉

本書は2007年元旦から毎日新聞で連載された同名コラムを編集したものであるが、同紙がこのころには既にはっきりと、2ちゃんねるに対して敵愾心にも似た感情を抱いていたことが伺える。

『ネット君臨』が問題にする、2ちゃんねるの匿名性による人々の暮らしへの「深刻な影響」とは、具体的には2006年9月に起こった「上田さくらちゃん事件」(募金詐欺疑惑)のことを指すが、その是非はともかく、当時は「2ちゃんねる」=「犯罪者」「匿名の卑怯な攻撃集団」という図式が一般化していた。

 

これに追い打ちをかけたのが、2ちゃんねる創設者で管理人の西村博之に対する度重なる民事訴訟であった。

〈インターネット掲示板「2ちゃんねる」への誹謗・中傷の書き込みなどを巡り、 管理者西村博之氏を相手取り、名誉棄損などを訴える民事訴訟が全国で50件以上起こされ、少なくとも43件で西村氏側の敗訴が確定していることが読売新聞の調べでわかった。この結果、西村氏に命じられた賠償額は約5800万円、仮処分命令などに従わないことによる「制裁金」が一日当たり約88万円、累計約4億3400万円に上るが、西村氏が自ら支払いに応じたケースはほとんどないと見られる〉(2007年3月5日 読売新聞)

これら裁判所の呼び出しに西村は一切応じない方針を貫き、被告欠席のまま敗訴が次々と確定していった。一連の事実は大きく報道され、それがますます「2ちゃんねる=卑怯」という図式を補強していった。

刑事・民事両面にわたる絶え間ない大事件の続発により、マイナスイメージが拭い難くまとわりついていた2ちゃんねる。こうした世相の中で、それを真っ向から肯定する見解を示した現役閣僚(当時外務大臣)こそが、麻生太郎だったのである。

当然、麻生の言動が2ちゃんねるフリークや利用者の自尊心を強烈に刺激したことは論をまたない。麻生は、2007年10月に出演したフジテレビ系番組において、

「(2ちゃんねるに)書いたりなんかすることは、時々やったりすることがありますよ」

と「衝撃の告白」を行った。事実か否かはさておき、この発言も麻生人気の火にガソリンを注いだといえる。

秋葉原を自民党の「聖地」に変えた麻生。写真は2008年10月の総理就任後の演説直前の様子(Photo by gettyimages)

日陰者あつかいされ、公の場では正式名称さえ口に出すことを憚られていた2ちゃんねる。当時はネット界のコアユーザーの多くが、2ちゃんねるユーザーでもあった。自らもその利用者だと発言した麻生の告白に、彼らが歓喜したのは言うまでもない。

麻生は、幸か不幸か自らに付与された「サブカルやオタク文化に特別の親近感を抱き、強い興味を持つ政治家」、そして「2ちゃんねるなどのインターネット文化に極めて親近感を持つ政治家」という二つのイメージを存分に活用してゆく。

2006年9月9日には、先に述べた「麻垣康三」体制下におけるポスト小泉を巡る自民党総裁選挙を睨み、秋葉原で大規模街頭演説を敢行した。記録に残る上で、これが麻生が公式に秋葉原で行なった、大規模かつ最初の演説であった。

そしてこれ以降、秋葉原は自民党にとっても「験担ぎの聖地」となり、両者は密接な関係を深めていったのである。

(つづく)