なぜ自民党は秋葉原を「選挙必勝の聖地」と崇めるようになったか

ネット右翼十五年史【8】
古谷 経衡 プロフィール

「2ちゃんねる」と麻生の接近

麻生太郎がインターネットに接近した端緒が、2006年のポスト小泉をめぐる自民党総裁選であることは疑いようが無い。

同年行われた総裁選で、当初から本命視されていた安倍晋三が勝利し、第一次安倍内閣が誕生したのはご存じの通りである。しかし一方で、「議員票」と「党員票」からなる総裁選の得票のうち、主に国民人気のバロメーターとされる党員票の部分で、蓋を開けてみれば麻生の得票は安倍の3分の1強に及んだ。

麻生の人気の高さは、麻生自身の痛快な喋り口調やユニークな言葉遣いもさることながら、インターネットへの積極的な言及に最も大きく起因していたといえる。

Photo by gettyimages

2006年9月19日、麻生は外務大臣記者会見で、「インターネットの世界ではかなり勝手連的なサイトが出来たり、おっかけまで出ているようですが、これは何か特別、ネット戦略などをされたのか、自発的なものでなのか」という記者の質問に対し、次のような答弁をおこなっている。

〈2ちゃんねる等々というのに常駐している人、アクセスする人というのは最も永田町から遠い人ではないでしょうか。逆に永田町というのはインターネットに最も理解が少ない人が多いところ。比率から言ったら大分変わってきたと思います。

5年前(2001年ごろ)と比べたら少なくともインターネットの意味くらいは通じる人が増えてきた。その重要性も増えてきたと思います。そういう中にあって、インターネットに参加している人達と麻生太郎というのは多分結構においが似ているんですよ〉(外務省・外務大臣会見記録)

さらに総裁選敗北直後の2006年9月20日には、テレビ朝日の討論番組(生放送)に出演した際に次のようにコメントしている。

〈インターネットで育った、もしくは2ちゃんねるで育った世代がさらに大きく成長してきた時というのは、また別の社会現象みたいなものが出てくるのかなぁと思いますし、速い反応が(得られるし)、何となく偏った世論調査とは違って、いわゆるネットが普及してくると、オンラインでつながっていくというのは世論を知る上で大きなものだと、私はそう思います〉

麻生はここで、初めて具体的な名前をあげて「2ちゃんねる」に言及した。現役閣僚が個別のサイト名に(否定的文脈でなく)言及するのは当時極めて異例で、2ちゃんねるではこの発言に好意的な意見のスレッドが乱立状態となり、何時にない「麻生フィーバー」に湧いた。

こうして麻生とインターネットの世界は急速に接近していったのである。

 

それを指し示すもうひとつの資料として、「動画ニュースライブ!」(ライブドア系サイト、現在はサービス終了)でのアンケート「シングルイシュー」で実施された、「ネット総裁選 あなたなら、だれに投票しますか?」(2006年9月20~21日)というテーマでの投票結果を挙げよう。

驚くべきことに、麻生太郎の支持率は67%と、全体の3分の2を超えて圧勝。このネット模擬投票では、実際に総裁に選出された安倍晋三が最下位の10%という皮肉な結果に終わっている。それほどまでに、ネットや2ちゃんねるに積極的に言及し、親和性と親近感を語った麻生の人気は高かったのであった。

もっとも、麻生のインターネット上の個人的人気は、2005年の小泉内閣時代から既に始まっていたといえる。「麻生太郎ローゼンメイデン事件」とよばれる2ちゃんねる発祥の不確かな噂が、瞬く間にネット上を駆けまわり、麻生をして「ローゼン麻生」と呼ばしめたいわくつきの事件である。